スラムダンク2話15




「ごめん、今の油断してたわ」
「しっかりしてよね」
 湘北のナンバープレイ、アーリーファイブによって失点した白金が早くも反撃を開始する。
 白金7番の相澤から、4番青沼へ鋭いパスが繰り出され、神崎が腰をかがめてハンズアップする。

「油断? あの子は小さいけど、うちの期待の新人よ」
 湘北女子のキャプテン、神崎は青沼にプレッシャーをかけるタイトディフェンスで貼りつき、一歩もゆずらない。それに対し、青沼がフンと鼻で笑った。
「バスケは体格がすべて。小技をかけるのが少し上手いくらいじゃ、うちには勝てない」
 そう言って青沼が目線を送った先で、唯が相澤と体を張ってポジション争いをしている。だが、身体の小さな唯が相澤に押されてグラリと弾き出された。

 よろめきながら、唯はムっとして歯を食いしばった。
 相澤との体格差およそ20センチ強。まともな押し合いでは勝てない……。
 悔しさを噛みしめて唯は半歩下がり、体内を駆け巡るアドレナリンをふつふつと沸騰させた。
 次の瞬間! 青沼からゆるやかなループパスが繰り出され、相澤がステップインした。
 
 負けるもんか! 瞬時に助走をつけ、渾身の力をこめて唯は踏み込んだ。
 青沼からのパスをキャッチするために伸ばした相澤の手の先に、突然舞い上がる、小さな影。
「ええ!?」
パシッ!!

 空中で弓なりになった唯の体が勢いよく地面に着地し、転びそうになりながら数歩前に足を踏み出してなんとか体勢を立て直した。その両手にしっかりと握られているバスケットボールが、いつもより少し大きく見える。
「「パスカット!!」」
 スタンドで彩子と木暮が同時に叫ぶと、三井と宮城が不適に微笑む。
「やるじゃねーか」
「アイツはノミみたいに跳ねる……」

 ドリブルで攻めに転じる唯に続いて、湘北女子が一斉にゴール下に向かって駆けだし始めた。
「速い!」
「だが白金も負けてねーな」

 恭に回したパスが神崎に繋がり、ボールはスリーポイントラインの百合に渡った。
 すかさず百合がシュートモーションに入るが、それよりも早く井岡樹里と相澤が2人がかりでガッチリと百合をガードした。
「唯!」
 強烈なボディプレッシャーを受けてボールを奪われそうになった百合が叫ぶ。
 神崎、華雅里、恭の3人はすでに、ゴール下でリバウンドのポジション争い。それぞれのマークマンと体を張り合わせているから、今フリーなのは唯1人だけだ。
「うしろに居ます」
 バックハンドで危機一髪のバウンドパスを送って来た百合に、唯が不謹慎にもニヤリと頬をゆるめた。
「百合姉、すごい恐い顔」
「バカッ!」
 百合のバウンドパスをスリーポイントライン上で受けた唯は、百合に睨まれるのもかまわずワンバウンドで後ろに下がると、そのまま小さく縮みこみ、そしてスッと伸びあがった。
 相澤と井岡がフリーズする。まさか唯が打つはずない、と二人とも高をくくっていたのだ。

「あのチビ、あそこから打つつもりだ!」
 青金学院の生徒たちが驚きの声を上げる中、唯の放ったスリーポイントシュートはバックボードに「ガンッ!」とぶち当たり、荒々しくリングのネットをくぐりぬけた。
 湘北側のスコアボードが回る。
―― 得点は40対26

 コートが静けさに包まれる中、唯が小さな親指をたてて百合に突き出した。
「百合姉、1本貸しですよ」
 その生意気な笑顔に多少の腹立たしさを覚えながらも、百合は小さく溜め息をついて、そして笑った。

「あんたって子は。特訓の成果が出てないじゃないの! バックボード使うなって言ったでしょう?」
「だってまだ3000本しか打ってないんですもん。試合で使えるまでには、あと1万本は打たなきゃダメって、百合姉が言ったんじゃないですか」
「唯、ナイスシュート」
 恭が唯のお尻をポンと叩いてディフェンスポジションに戻って行く。
「百合のマークが外れるまで、打てる時はいつでも打っていきな、唯。リバウンドは任せて」
 と、神崎も唯に声をかけてから逆サイドに戻って行った。

「唯はすごいね。うらやましいな」
 と華雅里。
「華雅ちゃんとキャップがゴール下に居てくれるから、打てたんだよ!」
 と唯が胸を張ると、華雅里が両手を合わせて拝むような真似をした。
「もう! そんなこと言って。はずさないでよー。絶対にはずさないでよー。神崎先輩はともかく、私はリバウンドなんか取れないからね!」
「取れるよ! 華雅ちゃんはすごいもん! よーし、次も1本いこう!!」

 底抜けに明るい唯の声がコート中に響き渡った。

「樹里、あの12番ちょっと調子に乗りすぎ。次同じシュート狙って来たら、容赦なく潰していいから」
 白金のポイントガード、相澤が密かに井岡に耳打ちしたのを、湘北女子は誰も知らなかった。


 そしてこの後、湘北女子を怒らせ、唯が生まれて初めてバスケットボールをすることが恐いと思う瞬間がやって来る。

 第3クオーター残り5分。
 両者一歩もゆずらぬ攻守のせめぎ合いで、得点はどちらも決まらず、ゲームが停滞し始めた。
 白金女学院の青沼が1本、湘北女子の早川恭がそれぞれ1本ずつ決めて、――得点は42対28
 湘北のスリーポイントシューター、石田百合への徹底マークは少しも緩められることがないまま、ゴール下、唯がフリーでボールを掴むチャンスが再びめぐってきた。

 唯は素早くスリーポイントラインの外側に飛び出し、縮みこんだ。
「樹里!」
「まかせて!」
 白金7番の相澤と、9番の井岡が動く。

 地面からの力を体に流し、唯がボールを構えてスッと伸びあがった、刹那。
「打たせない」
 井岡樹里が物凄い勢いで唯の目の前に飛び出して来たので、唯はギョッとした。
 前半戦で百合に対しファウル覚悟で危険なブロックをしてきたのと、まさに同じ動き。
 唯はベンチで百合が樹里に吹き飛ばされて地面に落ちるのを見ていたので、自分がそれと同じ当たりを受ければどんな目に合うかは容易に想像できた。
「唯、危ない!」
「きゃああ!!」
 湘北女子のベンチから悲鳴が上がる。

 空中で頭上にボールを構えていた唯には、まるで時間が止まったように感じられた。
 自分よりも大きな身体が視界を塞ぎ覆いかぶさって来る、物凄い圧力。――ボールを奪おうとしてるんじゃない、悪意にも近い明確な意図を持って唯を倒そうとしている!?……。
 唯は湘北男子との練習試合で、桜木花道とも接触したことがあったが、これはあのときとは全然違う感覚だった。桜木が接触してきたときはビックリしたけれど、恐いとは思わなかったのだ。なぜなら、わざとではないということが分かっていたし、倒れる瞬間に桜木はとっさに唯を踏みつけないように気を遣ってくれたからだ。でも、井岡は違う。明らかに相手に怪我をさせることが目的で体を押し出して来ている。
 生まれつき持った本能とも呼ぶべき危機探知能力で、唯はとっさに空中で上体を後ろに傾けた。
 そして無我夢中でボールをリングに向けて押し出すと、唯の小さな足がバランスを崩して無惨に宙を掻く。

「届け!」

 唯の手を離れたボールが弧を描いてゴール下の選手たちを跳び越えて行く。
 だが唯はそのボールの軌道を目で追うことすらできずに、のけ反った姿勢で地面に片足をつくと、反動的にすぐに後ろに飛びのいた。両腕で頭を守りながら、上空から落ちて来る井岡樹里の下敷きにならないよう、無理な姿勢で身を交わした唯は、コートに尻もちをついて後ろに滑って行った。
「唯!」
「大丈夫か!?」
 神崎と恭が、青い顔で唯を振り返った、直後。

 ガンッ!

 唯の放ったボールがリングに当たり、跳ね返された。

「リバーウンド!!! ボールから目を離すな!!」

 赤木の怒号がスタンド席から体育館中に轟く。
 ハッとして神崎と恭がリングを見上げるが、リバウンドに跳ぶにはもう遅すぎる。
 そのとき、二人のはるか上に飛び上がった選手が空中で手を伸ばし、ワンハンドでボールを捕えるのが見えた。

ダーン!!

 ボールはそのまま、真っすぐにリングに打ちおろされた。
 静まり返ったコートに、リングが揺れる音だけがカラカラと響いた。

「華雅里?……」
「華雅ちゃん!?」
「うッ!!」

 唯のボールをリングに叩き込んだのは、身長189センチの1年、城岡華雅里だ。

「「「うおっしゃあああああ!!!」」」
「「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」」
 たちまち湘北男子が雄たけびを上げて拳を振りかざす。そんな中、華雅里が控えめに小さくガッツポーズして、唯を振り返った。
「唯の命がけのボールは、さすがに落とせないよね……」
 華雅里が困ったように笑った。
 コートの上に座り込んだままの唯が、きょとんとして華雅里を見つめる。頭がよく回らず、ボーっとする。
 そして唯は、目の前にいる井岡樹里を見上げた。何を考えているのか分からないポーカーフェイスだが、その目が冷たく唯のことを見下ろしていた。

「唯、大丈夫か」

 走り寄って来た恭に助け起こされて初めて、唯は自分が震えていることに気づいた。
――恐かった。

 ベンチからは、三木と聖が険しい顔で唯を見つめている。
「聖、唯ケガしたかな。下げた方がいいかしら」
「いや、怪我はないでしょう、上手く交わしてましたからね」
「けど、なんかあの子の様子、ちょっと変じゃない?」
「やられたとしたら多分、メンタルの方だな。百合を打ち倒したのと同じ相手が自分に迫って来たから、アイツにとっちゃきっと、すごいプレッシャーだったでしょう」

 ファウルはとられなかった。
 もし唯と井岡の体が当たっていれば、確実にファウルだったが、唯がそれを交わしたのでホイッスルは鳴らない。

「今の、なんでファウルじゃないんだゴリ!?」
「身体が当たれば、確実にファウルをとれただろう。だがあの場面での接触は危険だった。だからこそ、桜野が交わしたんだ。あのまま相手の9番の当たりを受けていれば、恐らく怪我は免れなかっただろうからな」
「ファウルを交わすと、ファウルじゃなくなるのかよ。だってわざとだろう、さっきのは明らかに!」
 桜木の問い詰めに対し、赤木が険しい顔で首を振る。
「接触の事実がなければファウルとは認められない。際どい場面ではあったが、審判のジャッジが正しい。俺たちが言ってもどうにもならん」

「アンスポーツマンライク・ファウル」
 綾南男子の座るスタンド席では、コートの井岡樹里を見下ろしながら、仙道が低い声で呟いた。
 それに対し、魚住が頷く。
「だが、あの12番は完璧に避けすぎたな。もう少し狡賢さと、テクニックがあれば、ファウルを受けたと審判に認めさせた上で、フリースローを得ることもできただろう」


「怪我をしないように交わすのが精いっぱい、って感じだな」
 青金学院のスタンド席では、伊集院が縁なしの眼鏡を中指で押し上げて、値踏みするように唯を見下ろし、呟く。
「センスは悪くない」
 すると、ピアスの赤丸が、前かがみになってコートを見下ろし、舌舐めずりした。
「なんかそそるなーあのチビちゃん。見ろよ、子犬みたいに怯えた目して。きっと樹里の迫力にビビってるんだろうなー。男なら試合中にコートに倒されるくらい大したことないけどさ、女の子が転んだり倒される姿って、胸がキュンキュンするなー」

「黙りやがれ、ど変態」
 にわかに殺気のこもる声で赤丸を黙らせたのは、流川だ。

――得点は42対30

 試合再開のホイッスルが鳴り、唯は震える足と手をパンパンッと叩いた。
 これくらい全然大丈夫。
 そう自分に言い聞かせるのに、井岡樹里に迫られたときの圧力が脳裏に焼き付いて、震えが全然収まらない。

「どうする、下げる?」
 三木が聖に意見を求めると、さっきからずっと唯の様子を伺っていた聖は、無表情に首を横に振った。
「いえ、様子を見ましょう。体格で劣る唯は、遅かれ早かれ敵の当たりで洗礼を受けることは分かってました。コートで自分の身を守る術は、実戦でしか身に着かない」
「それは一理あるわね。加えてあの子はうちの期待の新人ポイントガード。これくらいの当たりで攻め気を失われちゃ困るから、かえっていい機会なのかも。でも念のため、エリカ、身体温めておいてね。唯への嫌がらせがこれ以上続くようなら、怪我させる前にチェンジする」
「了解」

 一方、コートで戦っているチームも唯の変化に気づいていた。
「やってくれんじゃん」
 ゴール下でブロックに跳んだ恭が、舌打ち混じりに鞭のように手を振りおろして白金11番、加藤のシュートを叩き落とした。怒りのシュートカットだ。

 コートに落ちたボールを拾い上げた唯は、白金5番の小泉を瞬時に抜き去った。
 最高スピードで走り出す唯。だが、次の瞬間。井岡と相澤の二人が唯を挟みこみ、二人の足が唯の足に絡んできた。
「ひいッ!!」
 足をとられた唯は前傾姿勢で前に吹っ飛んで行く。
 だが、笛は鳴らない。唯は悔しさで唇を噛みしめた。もっと身体が強ければ、こんなの簡単に振りきれるのに!
――「ファウルじゃないのかよゴリ!?」
――「審判の死角だ。今のは見ようによっちゃ、桜野が自分で躓いたように見えたんだろう。小さいから、見えにくいんだ」

「唯! いるよ」
 背後に聞こえた華雅里の声に、唯は空中をダイブしながらバウンドパスを出すのが精いっぱい。そのまま唯はスライディングしながらコートに倒れ込んだ。

 生温かい床に腹ばいになった唯が顔を上げると、ボールを持った華雅里が優の前を走って行くのが見えた。
 全速力で駆けて行く華雅里の背中を見て、唯はそのときハッとした。
「そっか……」
 華雅里だけじゃない。
 唯の前を走って行く恭、神崎、百合の背中。
 仲間たちの背中を見た時、唯は改めて思ったのだった。一人じゃないんだ、と。
 唯が倒されても、仲間が立っているなら、ボールは繋がれる。

 コート上にうつ伏せに倒れたまま、華雅里から神崎にパスが送られるのを、唯は見た。
 ゴール下は白金のディフェンスで完全に固められ、たちどころに神崎がボールを保持したまま足を止めるのを、唯は見た。
 恭が7番井岡樹里の前に立ちはだかっているのを、唯は見た。
 そのとき唯は、0度のポジションに百合がフリーでいるのを見た。
 
『キャップ、逆サイド!! 百合姉、0度にいます!』

 腹の底から絞り出される唯の叫びに、体育館中が震えた。
 神崎が即座に反応し、ボールがコートを横断して宙を舞う。咄嗟に井岡が百合に気づくが、恭がしっかりとコースを塞いでいる。

 そしてエンドラインぎりぎり、0度のポジションでついに、ふわりと天使が舞い上がった。
 湘北女子のシューティングガード、石田百合のスリーポイントシュートだ!

「わああああ!!!」
「きゃあああああああ!!!!!」

 完璧なまでの美しいループを描いたボールが、音もなくリングに吸い込まれた。

カチッ
――42対33


「唯、声ありがとう。ナイスアシスト」
 神崎がフウと胸を撫で下ろし、唯を振り返る。

 唯は起きあがってウーンと伸びをすると、その場で体の緊張をほぐすように屈伸してニカっと笑った。
 大丈夫、恐くない。

 コートの端ではたった今ゴールを決めた百合が、井岡樹里の視線を捕えてフンと鼻で笑って見せた。
「言っておくけど、0度なら私も打てるから」
 井岡が最初に決めたシュートへの応酬ということだ。

「あいつ……唯がやられたことで相当頭にきてるな。いつもならあんな風に、相手プレイヤーを挑発したりしないのに」
 聖がコートサイドでドリンクを準備しながら苦笑いする。

 第3クオーター終了のブザーが鳴り、選手たちがベンチに戻ってくる時間だ。


「みんなナイスファイト! いけるわよ、この調子!」
 ベンチキャップの三木が手をたたいて5人を迎え入れる。

「まだまだやりたりない、って感じよ。唯、第4クオーターに入ったら、もっと私にボール回して」
 神崎が頭からタオルを被り、大粒の汗を拭う。

「えー、第4に入ったら私がスリーを打たせてもらうはずなんですけどー」
「ムキになりすぎ」
 と、聖がドリンクをコツンと百合のおでこに当てた。
「ムキにもなるわよ。実際コートに立ってると、すごいストレスたまるんだから。ファウル取られないのをいいことに……白金ってなんであんなにやり方が汚いわけ?」
「唯、大丈夫? 痛いとこない?」
 1年のアキがドリンクを差し出し、皐月が唯の肩にタオルをかけてくれた。
「私? 全然大丈夫だよ。チビがコートでどんな目に合うのかってわかって、すごい勉強になってる」
 ゴクゴクとドリンクを飲んで、唯が口元を拭った。
「ピンチのときは恭や華雅ちゃんがボールとりに来てくれるし、ゴール下では百合姉やキャップがやってくれるから、すごい助かってる。後半も攻めて行きましょう!」
 短い時間で井岡樹里への恐怖を簡単に吹っ切ってしまったらしい唯の様子に、聖と三木が「大丈夫」と頷き合った。


 スタンド席、青金学院の生徒たちには不穏な空気が流れ始めている。
「得点ではまだ白金がリードしてるけど、勢いは湘北だな」
「しかし、俺たちの予想、大外れじゃん。前半で50点はリードすると思ったのに、後半半分終わったとこでまだたったの42点て……どういうことだよ」
「思ったより湘北が強いな」
「こりゃ、わかんなくなってきたわ」

「でもなんでだ? 湘北女子って、そんなに目立つ選手いないよな。第3クオーターが終わったこの時点でも、誰がエースかもよくわかんねーぜ?」
「誰がエースとかじゃない。コートにいる全員が自分の仕事をきっちりこなしてるんだ」
 伊集院が冷たく言い放つと、別の生徒も頷いた。
「それは言えてる。例えばあの湘北1年の10番。前半戦では、ただ背が高いだけの役立たずかと思いきや、後半になって格段に動きがよくなってきてる。リバウンドからのダンクも、あれで女子かよ!? って思わせる気迫があったな」
「なるほど。でかいわけじゃないってことだな」
「それから同じ1年の11番、早川恭。派手なプレーはまだないが、ミスが全くないんだ。地味なプレイをミスなく確実にこなしてくる選手は、ここぞというときに真価を発揮する。あの子、何を隠し持ってるかわかんないぜ。それにさっき2年の石田がスリーを決めにいったとき、樹里を止めてたのも早川恭だしな。ああいう子は、エースの資質がある」

「エースと言えば、何より意外だったのは、あのチビだな。ポイントガードとしての仕事をきっちりこなし、生意気に先輩にも指示、出してんじゃん」
「体は小さいのに、コート全体がよく見えてるよな。樹里と相澤に転ばされても、あの子はパスラインを読んでた」
「ああ、さっきは耳がギーンとしたわ。 『声でけーよ!』 って感じ。体ももうちょいデカければ、喰ってやりたいくらいイイ女になってただろーに」
 赤丸の論点はいつもズレている。

――ポイントガード。
 センターがディフェンス時の指令塔だとすれば、ポイントガードはオフェンス時の指令塔だ。
 目立つようなカッコ良いプレイはない。
 だけど、小さな唯が声を張り上げてチーム全体を動かし、前半戦で崩れかかった湘北女子に後半で勢いを与えた。唯が広い視野でコート全体を把握し、仲間に的確な指示を出しているということは、バスケットを経験したことのある者の目には誰にも明らかだった。

――「唯ちゃん、か」
 コートで何度も呼ばれるその名前を、仙道がボソリと呟いた。




次のページ 2話16