スラムダンク2話16





最終ピリオド、第4クオーター開始のブザーが鳴った。
「「「「湘北ーーー! ファイ! ハイッ! ファイ!!」」」」」

 湘北4番、神崎からのスローインを、恭が走りながらキャッチした。
 いきなり物凄い勢いでドリブルを開始した恭の背中を見ながら、唯の胸が高鳴り、鳥肌がたつ。
 シュートを決めに行きたがっている。そんな仲間の意思を、唯は肌で感じるのだ。

「うちが負けるなんて、あり得ない!」
「それはどうかな」
 恭はディフェンスポジションに入って来た11番の加藤いずみをローリングしながら軽々と抜き去り、一気にセンターラインを越えて行った。
 白金の相澤、井岡、小泉がスリーメンでインサイドを固める中、唯は華雅里と一緒に恭を追いかけ、真っすぐにフロントコートに走り込んでいく。
 恭一人で白金の3枚の壁を抜くことは困難なはずだ。
 

「恭、ペネトレイト、アシストする。華雅ちゃん、トライアングルで!」
「うん!」
 華雅里が単身、ウィング左側に駆けこんで行くのと同時に、唯は真っすぐにセンターポストへ潜り込んだ。
 直後、早いドリブルでインサイドのディフェンスを挑発してから、恭がすかさずウィング左側にいる華雅里にチェストパスを送ると、自身はウィング右側にダッシュする。
 恭からボールを受けた華雅里は間髪開けずにシュートモーションに入り、ジャンプした。
「甘い!」
 白金のキャプテン、4番の青沼が華雅里の背後から手を伸ばして来る中、華雅里の前方では井岡と相澤がブロックに跳んだ。
 だが次の瞬間、華雅里は空中でボールを持ち替えると、脇下から思い切り地面に打ちおろした。
「はッ!?」
 ゴール左のポストで、白金のディフェンス3枚に囲まれた華雅里の手から、ボールが消えた。

 それとほぼ同時に、ゴール右側ではボールを持たない恭が踏みこみ、飛び上がる。
 傍から見ていた者にはその瞬間、ボールが手品のように地面から湧いて出たように見えただろう。
 白金のディフェンスで混雑するインサイドから、いきなりボールがふわりと浮き上がり、空中の恭の手の中にすっぽりと収まったのだ。
 高さで恭に勝る白金5番の小泉が咄嗟にブロックに跳ぶが、追いつかない!
 恭は空中で体を回転させながら、バックハンドで緩やかなシュートをゴールに放つ。

ガンッ、シュッ!
 バックボードに一度当たったボールが、計算されつくした鮮やかな角度でリングをくぐり抜けていった。

「なんや今のはあああああ!?」
 誰よりも先に大声を出したのは、綾南の大阪弁男子、彦一だ。
「フックシュートだ……女子であんなのアリかよ。あまりにあっさり決めたな」
 と、腰野の声がわずかに震えた。

 得点は42対35

「きた! トライアングル、成功おおおお!!!!」
「やったあああ!!」
 と、ベンチでアキと皐月が叫ぶ。
「何よトライアングル、って。聞いてないけど?」
 三木がいぶかると、アキが自慢げに説明した。
「1年だけで秘密の特訓をしてたんですよう。宮内先輩や神崎先輩に対抗するための戦術です。ゴール下を固められた時の撹乱戦術!」
「そうです。センターポジションで守っているときに、もし敵が3人で勢いよく攻め込んで来たら、ボールを持っている選手あるいは、シュートモーションに入った選手に確実に視点が行きますよね。その隙に唯がゴール真下に潜り、恭は逆サイドに走る。ほら、ゴール下でトライアングルを描くみたいに!」
「外からシュートに行くなんて無理だけど、シュートに行くと見せかけた華雅ちゃんがディフェンスを引き付けた隙に、インサイドにいる唯にパスを切りこむ。そして唯が中から恭のシュートをアシストしたんです!」
「はあ? あれだけディフェンスが固まってるインサイドに、なんでわざわざ危険なパス出すのよ」
「そこが味噌なんですよ。普通はやらないようなことを、あの速さでやると、ディフェンス側からしたらボールが消えたように見えるんです!」
「そうなんです! バミューダ・トライアングルです!」

「なるほど。視点操作を利用したマジックか」
 ベンチで膝を抱えながら、聖が面白そうにコートを見つめている。
「ゴール下で守りに入ると、おのずと意識は上に行きがちだからな。さっきみたいにシュートに行くと見せかけて上に視点を操作されているときに、いきなりインサイドに低いパスが通れば、咄嗟に対応できる選手はそうはいない。考えたじゃないか」
「無謀だわ……。今回はたまたま上手くいったから良かったけど」
 と、三木が眉をしかめる。
「まあ確かに、これってタイミングとかパス出しの仕方がとっても難しくって、まだ開発段階なんですよね〜」
「うん。今の成功したの、きっとまぐれよね」
 と、アキも皐月もあっさりと仲間を裏切ってひどいことを言う。

「よくやった、1年トリオ! 今のは早かったわね」
「っていうか、あんたたち後半のこの時間によくそんな走れるわね。追いつけないんだけど」
 ゴール下でハイタッチを交わす恭、華雅里、唯の3人を、乱れた息の神崎と百合が労う。
「白金の守りが早いから、速攻で行かないと停滞するんですよ。そろそろ逆転しないと、やばいっすよ」
 と、恭が言うと、それに続き、唯が後ろ向きでトコトコ走りながら神崎を指差す。
「次、キャップに決めてもらいますから、準備しといてくださいね〜」
「えらっそうに」
「生意気な……」
 けれど言葉とは裏腹に、生意気な1年生を見る神崎と百合はとても嬉しそうだ。

 白金、井岡からのスローイン。
 青沼がボールを掴み、ドリブルを開始するも、センターラインを越える前にボールが奪われる。
パシンッ!
 185センチの長身の青沼の足もとをさらう様に、唯が一瞬でボールをかすめ取った。

 ダン! ダダダン! ダン!
 右に左にボールを移動させながら、体勢を低くして唯がゴールに攻め登る。
 華雅里が白金9番の井岡のコースを塞ぎ、恭が7番相澤の進路を塞ぐ。
 ゴールに続く道を開けてもらい、真っすぐに突き進む唯の前に、長身の青沼と加藤が立ちはだかる。
 瞬時に横目で見て、スリーポイントラインにいる百合には小泉がチェックに入っていることを唯は確認した。

 ということは、神崎がフリーだ。

 ゴール下に猛進する唯がダックインドリブルで切り込み、まずはバックビハインドで加藤を抜き去る。そしてそのままの勢いで突進すると見せかけた唯が、突如ボールを後方に強く弾いた。
「キャップ!!」
「嘘、今!?」

 誰もが予想だにしなかったタイミングで、コートに叩きつけられたボールが高く宙に舞上がる。
 神崎が度肝を抜きつつ、それでも唯の上げたボールに合わせて勢いよく踏み切った。
 今日の試合ではダンクを決めることなど無理だと思っていた神崎だ。だが神崎は、試合が始まってからずっと、こんなふうにダンクを決めたいと思っていた。それはもう、うずうずしていたくらいに。
 願った通りの状況で完璧なチャンスが与えられたことに驚きを隠せず、それでも神崎は高く、高く飛び上がった。
 空中で触れたボールは、まるで神崎の手を求めて自らそこにやって来たかのように、その手のひらに吸いついて来た。
――行ける!
「決めろ雫!!」
「いけええ神崎!」
 3年の三木と宮内がベンチで叫ぶ中。

 ダーーーン!!!!

 湘北女子キャプテンの神崎雫が、本日、渾身の力を込めたダンクシュートを炸裂させた。

「うおっしゃあ!」
「ナイスッシュウ!!」
 恭と唯が同時に拳を握りこみ、叫ぶ。女子の恥じらいは、そこには欠片もない。

 得点は42対37


「おいおい、白金やばいんじゃねーか。流れは完全に湘北じゃん」
「あー、なんか俺、バスケしたくなってきたな……。疼く」
「目の前で女子にあんなの決められれば、そりゃ疼くぜ」

 スタンド席で焦り始める青金学院を尻目に、一転、湘北男子がニヤニヤし始めた。だが、まだ気は抜けない。


 第4クオーターに入ってからまだ一度もシュートを決めていない白金に焦りが浮かぶ中、ここにきてやっと百合に安定したパスが回り始めた。
 コート上のどこにいてもパスを呼ぶなんて、百合には珍しいことだ。ポイントゲッターの百合を、全員でフォローする。
 そして手にしたボールを、百合は確実にリングに沈めた。

 百合のスリーポイントシュートに加え、華雅里が高さを活かした安定したショットで1本決め、得点はあっという間に42対42の同点。
 湘北が追いついた。


 白金の攻撃。
 相澤がドリブルで上がって来るのを唯が腰を低くして迎え受けた。
「ディフェンスタイトー!! パス出させないで!!」
 センターポジションから神崎が大声を張り上げる中、全神経を集中させた唯が両手を上げて相澤のパスコースを塞ぎとめる。

 キュッ、キュ、キュキュ、キュ!!
 激しいフットワークでバスケットシューズが摩擦し、リンクが唸る。

「唯、負けるな!」
 規格違いの体格の唯が一歩も引かない。
 相澤が半歩退き、ボールを頭上に上げる。
 次の瞬間、パシンッ!!

 宙を蹴る恭が、あざやかに相澤の手からボールを弾き出した。
 唯のディフェンスに必死だった相澤は、恭がボールを奪いに来たことに気付けなかったのだ。

『クリアー!!』
 唯の猛烈な叫びと共に、湘北女子が一斉に自分たちの攻めるゴールに向かって駆けだす。
 ランアンドガン。湘北男子とも一度は互角に戦った女子が、後半になってそのスタミナを発揮する時が来た。だてに地味なスピードダッシュの練習を1日に100本もやっているわけではないのだ。
 ボールを拾った恭を追い抜かして、唯がトップを駆け抜ける。
 その足の早さに、誰も追いつけないほどだ。
「なんだあのチビ、早ええ!!」

「唯!」
 恭がボールを片手に、野球のように振りかぶった。
「はい!」
 恭から送られる剛速球ロングスルーパスを、アウェイの姿勢でしっかりと腕にキャッチした唯は、そのままツーステップでレイアップシュートを決めた。

 シュッ

――得点は白金42対湘北44

 静まり返る会場の中、ついに湘北が逆転した。
 唯が仲間たちに拳を向け、勝利のポーズで、笑顔を爆発させる。
「きゃあああああああ!!!!」
 アキと皐月が抱き合って悲鳴を上げ、ベンチキャップの三木も拳を強く握りしめた。
「っしゃあああ!!」

 コートでは、息を切らした恭が唯を抱きしめた。
「ナイスシュート」
「ナイススティール」
 唯も恭の背中をポンポンと叩く。

 会場の雰囲気が明らかに変わった。
 ざわめく観客席から、湘北を応援する声が、歓声が上がり始める。

「なんだ、あの子」
「1年、だよな……。なのになんで、たった1本のシュートで、こんなに会場を沸き立たせるんだ? エースでもないのに」

「うーむ、なぜだ。庶民派シュートなのに」
 桜木花道も腕を組み、少し、納得がいかないぞという顔で会場を見回している。
 だがそう言った桜木も、唯がシュートに行ったときには自然と前かがみになって拳を握りしめていたのだ。
 惹きつけられている――男子バスケ部マネージャーの彩子にはちゃんとお見通しだ。

 チームを盛り上げるのに必要なのは、決して派手なプレイばかりじゃない。
 気持ちなんだ、と彩子は思う。

 それまで白金女学院の応援一色だった体育館に、湘北を応援する声がいつのまにか上がっている。
 地べたを這うような唯の泥くさいプレイに、どうしてかみんなが惹きこまれて行く。自分もバスケがしたいと、うずうずしてくる。

 コートではすごく小さく見える唯が、体中で表現しているのだ。
――バスケは楽しい! バスケが大好きだ!
 と。

「この勝負、もらったな」
 宮城が確信を持って宣言した。
 事実、その通りとなった。

 その後、湘北は石田百合がスリーポイントを6本決めた。
 ゴール下では神崎、城岡華雅里、早川恭の3人がボールを制し、それぞれ1本ずつゴールを決め、ラスト3分は湘北の圧倒的な試合運びとなった。

 42対68で、湘北の勝ち。

 ブザービートとともにベンチの選手全員がコートに駆けこんでいき、湘北女子12人が輪になってスクラムを組み、喜びを噛みしめた。
 そんな様子を、ベンチから安西先生と聖誠也が嬉しそうに見つめていた。
 インターハイ予選1回戦、対白金女学院戦で、湘北女子が勝ちあがったのだ。



 ひとしきりダウンをすませてジャージを身にまとった湘北女子が平塚体育館エントランスに出て行くと、何やら人だかりができていた。
 一般の人たちが遠巻きにしているその先に、女子キャプテンの神崎は驚くべきものを見て顔を引きつらせた。
 なんと、巨漢の湘北男子が一列に並び、見たことのない他校の制服を着た男子生徒たち、およそ10人ばかりを地面に正座させ、頭を下げさせているのだ。

「ちょ! 何あれ、まさか、また喧嘩!?」
「関わらないようにしよう、夏見」
「そ、そうね! 宮、行きましょう」
 神崎と宮内がチームを引きつれて人だかりから離れようとしたとき、間の悪いことに、桜木花道が女子に気づいて大きな声を出した。

「おお! お前ら。無事に勝てて何よりだったなあ! まあ、この天才桜木花道がいれば、もっと楽勝だっただろうが、ふははははは!」
 湘北男子が一斉に女子を振り返る。
「いや、そもそも女子のチームにアンタ入れないから」

 正座させられていた男子生徒の一人が立ち上がり、赤木と向き合った。立ちあがると、その男子生徒も赤木に負けず劣らず背が高い。
「それじゃあ、俺たちはこれで失礼する。今回は醜態をさらしたが、全国で再会したときにはこうはいかない。叩きのめしてやる」
「望むところだ」
 と、赤木が応えると、最初に立ちあがった生徒が仲間たちを振り返る。
「お前たち、帰るぞ」

 制服姿の男子生徒たちは、不機嫌な態度を露わにしながら、文句タラタラに立ちあがると、唯たちの横を通り抜けて行く。
 湘北女子よりもずっと大きなその男子生徒たちに圧倒されて、唯は小動物のように壁に貼りつき、道を開けた。
 なんだかその全員が唯のことを興味津々の目でジロジロ見て来て、「ちっせー……」とか、「近くで見るとさらにちっせー」とか呟いていくので、唯は小動物的にムッとした。

 耳にピアスをした長髪の男子生徒は、舐めるような目で百合のことを見て行った。
 クーラーボックスとドラムバッグを抱えた聖が、何も言わずに百合の腕を引き、自分の後ろに引っ込める。

「何なの? あいつら」
 百合がきょとんとしている。
「東京の青金学院の奴ら。東京地区で毎年ベスト4入りを果たしてる強豪校だ」

「聖、久しぶり」
 青金学院の生徒の一人が、聖に声をかけてきた。
「……優斗?」
「知り合い?」
 百合が訪ねると、聖が頷く。
「緑南中で同じバスケ部だったんだよ。俺と同じチームだったけど、覚えてない?」
「覚えてない。聖のことしか見てなかったから」
 と、百合が素で言い放つ。

「うわ、ちょっと傷ついた。俺もうちょっと活躍してたハズなんだけどな〜。まあ、いいけど。聖、お前なんで女バスのマネなんかやってんの?」
「百合と一緒に全国目指すため」
 何のためらいもなく、真っすぐな瞳で聖が即答する。
 その言葉に、青金の生徒たちがクスクスと笑った。
「痛々しい、とか思わなかったわけ」
 優斗が軽蔑するような目を聖に向けて来た。
 これには湘北男子たちも険しい表情になり、百合も腕を組んで青金の生徒たちを睨みつけた。
 今にも喧嘩が巻き起こりそうな、張り詰めた雰囲気が漂う中、聖の脳裏に、事故の記憶が蘇った。
 それまでの聖はバスケをするのが誰より好きだったし、将来は凄いプレイヤーになるぞと周りから期待されてもいた。
 だから、もう二度とバスケができない体になったときには、――涙が枯れるまで泣いた。
 聖がどんなに泣いたか、どんなに苦しんだか、それを本当に知っている者はいない。でも、聖はそれでいいと思っている。
 聖にとっては、バスケと同じくらい大切な存在だった百合が、『自分もバスケを辞める』と言い出した時のほうがずっと苦しくて惨めだった。
 バスケができない寂しさなんて大したことはない。女バスのマネージャーまでして惨めにバスケにしがみついていると思われたって、構わない。
――バスケと、百合。
 聖は大切なものを何一つ、失ってはいないからだ。

「痛々しいなんて思ってないさ。むしろ、生きてて良かった、って思ってるよ。全国で会えたらいいな、優斗」
 周囲に張り詰める緊張とは裏腹に、聖は嬉しそうに微笑みながら、湘北女子チームを背に胸を張った。

 湘北男子に睨まれていたこともあり、そのまま、青金の生徒たちはおずおずと立ち去って行った。

「アイツら、湘北女子が白金に勝つわけねーとかほざきやがるから、俺たちが締めてやったんだぜ」
 と三井が自慢げに言うと、ちょうど体育館から出て来た安西先生の眼鏡が、キラーンと光った。
「いや! 喧嘩はしてません。話し合いで穏便に解決しました、だよな!」
 どぎまぎする三井に続き、赤木が頷く。
「ちょっとした口論になっただけで、何も問題はありません! 全国で会った時、バスケットで立ち向かいます」

「そうですか」
 赤木の言葉に安西先生はほがらかに微笑むと、湘北の男女を集めた。
「今日はみんな、とても良い試合をしました。君たちはまだまだ強くなっていく。今日の試合で学んだことを糧に、明日からまた練習ですよ。まずは帰ってゆっくり休むこと」

「「「「「チーッス!!」」」」」」
「「「「お疲れ様です!」」」」」
「はい、お疲れ様です」

 安西先生を全員で見送ってから、宮城がぼやいた。
「ったく、危なっかしい試合しやがって」
「お前たちのせいで、俺たちが危うく土下座させられるところだったんだぜ」
 と三井。

「はあ? 何のことよ土下座って」
「賭けだよ、賭け!」
「馬鹿ッ、言うな花道!」
「ああ!?」
「はあ!? 賭けって何」
 神崎が眉間に皺を寄せて問い詰めると、赤木が言いにくそうにする。
「いやあ、なんというか。話の流れでだな」
「売り言葉に買い言葉で……」
 木暮が苦笑いしながら説明しようとするが、どうにも要点を得ない。
 すると三井が流川を指差して言った。
「もとはと言えばコイツが悪い。一番最初に奴らの挑発に乗ったのは流川だ」
「チッ……」
「おい流川テメェー今、先輩に向かって舌打ちしたよな、おい」
 三井が流川の首に腕をまわし、締めあげた。

「ふははは! ざまみろ流川、口は火事のもとだなあ!」
「それを言うなら『口は災いのもと』でしょう、花道」
 と、彩子が突っ込む。
「ど阿呆……」
「んだと!? 流川、ゴラァ!」

 騒ぎのさ中、恭が小さく溜め息をついた。
「っていうか疲れたな。男子のテンションにはついていけない。帰ろっか、唯」
「うん、そうだね」
 唯と恭が踵を返すと、そこにさらに大男が姿を露わした。
 黒いジャージに、青のライン。ツンツン頭の男が、唯と目が合うと真っすぐに近寄って来た。
「あれ、綾南の仙道さんじゃない。でけー」
 と恭が呟く。
 身長178センチの恭にもそう言わしめるほど長身の男は今、両手をジャージのポケットに入れ、直角にも近い角度から唯のことを見下ろして来た。

 なんとなくその威圧感に押されて恭の後ろに隠れてしまう唯。
 仙道が口を開いた。
「君、ポイントガードだったんだ」
「ああ、唯のことですね」
 と、恭が代わりに応える。
「あはは。俺何もしてないのに、なんかすごい警戒されてるのかな。何もしないよ。今日は、名前を聞きたいだけなんだ」
 仙道が恭の肩越しに優しく話しかけて来る。

「追い払って」
 と、恭の背後で唯がコソっと言うと、「無茶言うなって、どう見ても完全にロックオンされてるだろ?」 と恭もコソコソ声で返してくる。

「ぬあああああ!! お前はまさか、仙道!!」
「いや、まさかじゃなくても仙道だよ」
 大声を出す桜木花道に、木暮が冷静に突っ込みを入れると、湘北男子勢が仙道に気づいてゾロゾロと集まって来た。
 一方、仙道の背後には、同じジャージを着た綾南バスケ部の一群がヌンと集まって来る。
「おい仙道、何してる。帰るぞ」
「魚住」
「赤木」
「うわ、なんだよ……囲まれた」
 気がつけば、湘北男子バスケ部と綾南男子バスケ部の高い壁に挟まれる形となってしまった恭と唯。
 二人は今まさに、森の中の小人だ。
 逃げるに逃げられない状態になってしまい、男子たちの醸す強大な圧力に、二人は縮こまった。

「ああ! ちょっと、あんたたち! うちの1年が恐がってるじゃないの、驚かさないでよ。恭、唯、ほらおいで! 帰るわよ」
 神崎が赤木を押しのけて退路を確保してくれたので、二人はなんとか森からの脱出に成功した。
 脱出の間際、恐いもの見たさで一瞬振り返った唯に、仙道が手を振って来る。
「またね、唯ちゃん」
「……ヒッ!」
「ヒッ、って……」
「なんだよ、お前たち知り合いだったのか?」
「いや。こっちはお知り合いになりたいと思っていても、どうやら避けられてるみたいで、困ったな」
 と仙道が苦笑いしながら頭をかいた。


 唯の手を引いて先輩たちの後を追いかけながら、恭が早口に言った。
「なんだよあいつ、なんで唯に興味持ってんの。なんかしたの!? 唯」
「何もしてないって! ジュース買っただけだって!」
「あー意味わかんない。にしても男子に囲まれると迫力あるな。やっぱデカイわ。何もないのにビビるわ」
「うん、恐かったね〜」



 湘北男子と女子のインターハイ予選初日が、こうして幕を閉じた。



第2話 END (3話に続く)