スラムダンク2話10





18点差。第一クオーターが終わって、2分間の休憩に入った。
たった10分を戦っただけで、楠田エリカ、石田百合、城岡華雅里の息の上がり方が激しかった。
聖の指示のもと、恭が乾いたタオルをメンバーの肩にかけて周り、唯と亜紀がドリンクを配った。

恭から受け取ったタオルで顔をぬぐいながら、神崎が白金ベンチを一瞥した。
「向こうは、9番の井岡樹里って子がスリーポイントを打ちまくってる。百合、もっと積極的に行っていいわ、こっちも取り返さないと」

「わかってる、チャンスがあればいつでも打ってく、でも……」
百合が言葉をつまらせると、代わりにポイントガードのエリカが首を振った。
「百合にパスが回らないの。向こうのディフェンスはプレッシャーが強いし、何より9番と7番のコンビプレーがいい。百合は完全にマークされてる。しかも、相手のターンアラウンドが多いから、あたしたちみんな守るので精いっぱいって感じ。お陰で百合が攻撃に専念できてないよ」
「確かに思ったより、白金のディフェンスのプレッシャーが強いわね」
宮内が頷き、メンバーを見回した。
「私は11番にがっちりマークされてて、このままじゃ百合のフォローに入れそうにない。前半残り10分、どうする?」
「しばらく、百合には守備に専念してもらって、敵の意識が百合からそれるまでは、神崎、宮、華雅里のインサイドからの攻撃に専念しよう」
楠田エリカの言葉に、神崎が頷いた。
「わかった、そうしよう。私が押さえてる4番と、夏見が抑えてる11番は、当たりが激しいから、みんな怪我しないように気をつけてね。パスワーク慎重にいきましょう。華雅里、あんたの高さ頼りにしてるから、自信持って攻めていいからね」
神崎が1年の城岡華雅里の背中をポンと叩いた。
「はい」
だが、華雅里の表情には、どことなく不安が残っている。


第2クオーター開始のブザーが早くも鳴り響いた。
安西先生はまだ、何も言わない。
メンバーの変更はなく、湘北女子スターティングメンバーが再びコートに戻って行った。

「華雅ちゃん、まだ緊張がとけてないね」
「だな」
唯と恭が、心配そうに華雅里の背中を見つめた。


センターライン脇のサイドラインから、湘北のスローインでゲームが再開された。
ボールは宮内から楠田。
白金のスティールを警戒して、楠田が慎重なドリブルワークでボールを運ぶ。

唯は、3年の楠田エリカの隙のないドリブルワークと、機械のように精密なパスワークをいつもスゴイと思っている。
楠田エリカは、練習通りのことが必ず本番でも出来るタイプの選手だ。
努力を惜しまず、地味な練習でも文句を言わずに積み重ね続ける忍耐の人、楠田エリカ。
ポイントガードの先輩として、唯は楠田を尊敬していた。楠田の方が唯よりもずっと経験豊富で、正確な技術を持っている。
その楠田が目の前の試合で苦戦しているのを見て、唯は不安で胸が震えた。
――私だったら、どうするだろうか。
後半からは、唯が楠田のポジションに入るのだ。その時、唯に出来るのは何だろうか。
唯は楠田のプレイを見ながら、必死に思考を巡らせた。

まず白金相手では、ボールをキープすることが難しそうだ。少しでも気の抜いたドリブルをしようものなら、敵のスティールにあうだろう。
かと言って、パスも簡単には回せそうにない。白金はフェイストゥーフェイスの接近型ディフェンスをしながら、いつでもパスカットに入れるポジション取りもはずしていない。
ゴール下は、敵のディフェンスに固められている。カットインすることが難しい状況の中で、インサイドへのパスは尚更難しいだろう。

白金のディフェンスが硬く、湘北はなかなかフリーを作りだすことが出来ない。

唯が思考を巡らせていると、コートの中の楠田が、百合と華雅里にアイコンタクトを送るのが見えた。
瞬間、百合が華雅里に向かって走り出した。その動きに合わせて、華雅里がアウトサイドに走り出す。

スクリーンだ!
百合についていたディフェンスと華雅里についていたディフェンスが重なり、百合によって一瞬、足止めされる。
百合が、華雅里に張り付いているディフェンスを引き離すために、スクリーンを仕掛けたのだ。

「百合、ナイス!」

次の瞬間、楠田がドリブルの速度を変えて自分のディフェンスを抜き去り、束の間フリーになった華雅里にボールを素早く手渡した。
楠田と華雅里の身体の間で、ボールが一瞬死角に入り、白金のディフェンスが遅れる。
そのわずかな隙を利用して、楠田が華雅里を追いかけて来た別のディフェンスの進路を塞いだ。
こうして、ゴール下からはわずかに離れたフリースローレーンの内側で、華雅里がボールを持ったまま、完全なフリーとなる。

百合、楠田の連係プレーに、スタンド席がざわめく。白金の強固なディフェンスが破られたのだ。

湘北ベンチ3年の三木と1年の唯が興奮して叫んだ。
「華雅里、打って!」
「華雅ちゃん、いけ!」

みんなの視線が集まる中、フリーの華雅里がシュート体勢に入り、ボールを放った。
――ガコン!

しかし、ボールはリングに嫌われ、はじかれてしまった。
「惜しい!」
「リバウンド!」

ゴール下、神崎が白金の4番と押し合うが、その力は互角に見える。押し合いが激しく、どちらもポジション取りができない。
ボールは神崎と白金4番の手に弾かれて、コートに転がって行く。
白金のポイントガード、7番の選手がボールを追いかけて突進する。――ボールへの執着が強い!
楠田が負けじと後を追う。

ボールを拾ったのは白金の7番。
だが、すかさず楠田が7番からボールを弾いたので、ボールは再びコートを転がった。
それを今度は百合がすくい上げ、ワンバウンドでスリーポイントラインの外に飛び出した。
ついに巡って来たチャンスに、百合が構え、寸分の狂いもないシュートを放った。
――やった!
湘北ベンチの誰もが百合の放ったシュートに拳を握りしめた時だった。白金の9番、井岡樹里が百合に飛びかかった。
――なんて無茶なディフェンス!

ベンチから見ていた唯と恭が、身体を強張らせ、同時に息を呑んだ。
「あぶない!」
「百合姉!」

百合の放ったボールが美しい放物線を描いてリングに吸い込まれて行った、その直後、9番井岡と百合が、重なり合う様にコートに倒れ込んだ。
ガターン!
ピピー!
審判が笛を吹いた。
「ブロッキング、赤9番。バスケットカウント、ワンスロー、白8番」

「大丈夫? 百合」
楠田が信じられない、という表情で白金の9番を一睨みしてから、百合を助け起こした。
「平気、これくらい」
百合が起きあがりながら、楠田に笑顔を見せる。だが、その百合が左足を踏み出した瞬間、一瞬、眉をしかめたように見えた。
あれ? 唯が不思議に思った時、聖が席を立って、ベンチキャップの三木に近づいて行った。

「あいつ、今ので足を痛めました。後半でも使うなら、一度ベンチに下げてください」
有無を言わせぬ聖の口調だった。
三木がしぶしぶ頷く。
「はいはい、分かった。百合はうちのスコアラーだから、こんなとこで怪我させるわけにいかないもんね。ったく、白金が当たり強いっていうのは知ってたけど、ここまでアカラサマとは。今の、かなりわざとくさいプレイだったじゃない。相手はファウルをしてでも百合を完全に封じるつもりだわ」
三木は軽く毒づきながら、1年の一条亜紀を振り返った。
「亜紀、ジャージ脱いでアップしな。このフリースローが終わったら、あんたを百合とチェンジさせる」
「えー、それって、私なら怪我してもいいってことですか?」
亜紀が顔をひきつらせながら、それでも言われた通り、ジャージを脱ぎ始めた。
「バカ、冗談言ってる場合じゃないでしょ、あんたは1年だから大丈夫よ、どうせノーマークなんだから。百合みたいに、いきなりガッツリマークされたりしない。だからスリーポイントシュート、決めて来なって言ってんの」
「どうせノーマークって……、ひど」
「返事は? 打てるの打てないの?」
「う、打ちます」
なんだか苛立ってきた様子の三木に、亜紀がそそくさとジャンプ運動に入る。

一条亜紀は、百合のようなシューターを目指している選手だ。負けん気が強くて、図太い神経の持ち主。
高校に入って初めてのインターハイ地区予選でも、1年生の中で、亜紀だけがそれほど緊張していないようだった。


コートでは、百合が審判からボールを受け取り、フリースローラインに立った。
9番、井岡樹里がすまなそうに仲間を振り返り、舌を出している。
「すみません、もうちょっと上手くできると思ったんですけど、ファウル取られちゃった」
その言葉に、白金のキャプテン4番の青沼が静かに首を振る。
「いいのよ樹里、湘北の8番にはファウル覚悟で強く当たっていいって言ったでしょ。いいわね、みんな。逆に、湘北の15番は身長は高いけど、せっかく作りだしてもらったフリーのチャンスでもシュートを外すくらいの実力しかないみたいだわ。大した戦力にはなってない。小泉、15番のディフェンス放し目で、インターセプト狙って」
「了解」
と、白金5番、華雅里のディフェンスについていた選手が答えた。

このやりとは、当然、同じコートにいる湘北女子にも聞こえていた。
華雅里が、うつむく。


そんな様子をスタンド席から見ていた宮城が呟いた。
「うわー、またあからさまに。女子って陰険でイヤになるね」
「精神的なプレッシャーをかけるつもりだろう、関心はしないが、効き目はありそうだな……。うちの1年なら挑発にのって一悶着起こしそうなもんだが、なあ桜木」
「んあ? なんか言ったかゴリ」
桜木は青金学院の男子生徒たちをひっきりなしに睨みつけ、グルグルと唸っている。
赤木はそんな桜木を無視して呟いた。
「湘北の15番城岡は、おとなしい選手だからな。見返してやろうという気持ちよりも、落ち込んでしまっているように見える」
すると、三井が冷たく言った。
「コート上で精神的プレッシャーをかけられるのは当たり前。それも作戦のうちだってことは、暗黙の了解だろ。嫌みの一つや二つ跳ね飛ばせないようじゃ、あいつはいつか潰される。ここが勝負時だな、城岡は」





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