スラムダンク1話8





後半戦、第3クオーターは、男子チーム赤木からのスローイン。


恭が流川、唯が宮城、百合が三井、神崎が赤木、宮内が桜木をそれぞれマークした。
マンツーマンディフェンスだ。


赤木のスローインを宮城が受けた。

ふん、こんなチビのディフェンス、軽いぜ。
宮城はドリブルしながら、自分をマークしてきた唯を横目にそう思った。

だが、腰を低く落として、両手を上げ、顔が触れるくらい近くで威圧するようにパスコースを防いでくる唯に、宮城は少し驚かされた。

男子相手にフェイスガード・・・!? へえ、いい度胸じゃねーの。
宮城は内心毒づいた。


その一方で、唯は宮城をマークしながら、桜木をマークしている宮内に向かって、『そっちにパスが行く』、と、目で合図を送った。


唯の視線を感じた宮内は、すぐにその意図をよみとり、わざと桜木から少し離れた。
パスの誘導。女子バスケはこうじゃなくちゃね。



「リョーちん、パース!」


フリーになった桜木がパスをもらいに宮城に手をかざして走った。


「花道!」


宮城はその場でジャンプし、唯の頭の上からいとも簡単に桜木にパスを出した。


「ふん、身長差が影響したな。」

宮城が唯の耳元でそう囁いたが、唯にとってそれは計算済み。
身長差はどうしたって埋められない。上を抜かれるのは当たり前だ。
それなら、相手のパスコースをこっちが操作してやることで埋め合わせればいい。これは、チビだからこその作戦だ。


唯は、走り出した。


一瞬のことだった。宮城にはどうして、唯が反対側のゴール目指して走り出したのか分からなかった。

次の瞬間、桜木へのパスを宮内がカットした。



「あああああ!!!!この横取り女!」

「ちくしょう、スティールか!」

まさか、さっきのはパスの誘導か・・・?!瞬時に事態を把握した宮城が叫んだ。

「速効を仕掛けてくるぞ!12番を抑えろ!!」


宮城が唯を追いかけて走った。
だが、宮城よりも早く、宮内が唯に速球パスを出す。
唯は走りながらアウェイ姿勢で宮内のパスをキャッチし、そのままドリブルでゴール下まで突き進んだ。


「あのチビ!いきなり自分でシュートを決めに行くつもりか!?」
「無茶だ!」
三井と宮城が唯を追いかけるが、追いつかない。

「させるか!、あまーい!!」

唯のシュートコースを防いで赤木がゴール下に立ちはだかった。
唯にとって、赤木のブロックは山のように大きいはずだ。

にもかかわらず、唯はゴール下でシュート体勢に入り、ジャンプした。
同時に赤木も、両手を広げてジャンプする。


唯はこのとき、心の中で冷静に唱えた。
―― 欲しいのは、百合姉のスリーポイント。


「百合姉!」

「わかってる」


強引にジャンプシュートに行くと見せかけた唯は、空中でボールを背中に回し、スリーポイントラインで待機していた百合にパスした。

「あの状態からノールックでビハインドパスだと!?女子なのに・・・」
どこからともなく、そんな声があがった。

他のオフェンスを最大限自分に引き付けておけば、それだけシューターの百合がゴールを狙いやすくなる。
チャンスがあれば絶対に、百合がベストポジションに入ってきてくれる!
スリーポイントを狙ってください、と、百合に言ったときから、唯にはそれが分かっていた。

百発百中でスリーポイントを決められる百合の特別な場所。百合のベストポジション、あるいは、ホットスポットともいう。
シューターなら誰にでも、そんな場所があるという。

唯は、ベストポジションにいる百合になら、どんな状況でも的確にパスを出せるよう、この数カ月間、何度も練習してきた。


百合は唯からのボールをキャッチすると、自分にディフェンスがつく前に素早くシュート体勢に入った。
そしてフワリと宙に舞い上がり、柔らかなシュートを放つ。

その速さについていけるものは、なかなかいない。


「おお」

「・・・きれい。」


ベンチやギャラリーから、思わず声が漏れるほどだった。
それほど、百合のスリーポイントシュートは美しかった。そのフォームも、弧を描いて飛んで行くボールも、全てが柔らかで、時間が止まったみたい。
スリーポイントを決めるときの百合は、まるで天使が舞っているみたいだ。


シュッ


百合の放ったボールは、静かにリングをくぐりぬけた。

「「「「「きゃー!!!百合さんすごい!」」」」

女子ベンチのメンバーが一斉に歓声を上げた。


「いったいあの8番は、」

木暮が驚いて彩子を振り返った。

「石田百合。あれが、湘北女子バスケット部伝説のシューターと言われた選手・・・。
一時期はバスケットを離れていたこともあったのに、シュートの腕前は健全みたいね。」

百合と同じクラスの彩子が木暮に説明した。

「ほお、今のは綺麗でしたね。女子にもあんなに綺麗なフォームの子がいるとは、驚いた。
これは、三井君といい勝負になるかもしれませんよ。」

彩子の隣で、安西先生も関心したように言った。



「百合さん、ナイスシュート!」

「これ外したら唯に何て言われてたか・・・」

「宮も、ナイスカット。あそこでスティールが成功したから速攻がきいたわね」

宮内、百合、神崎、恭、唯が、互いの手を軽く叩き合ってコートの中を駆け回った。



「おお、なんか女子チーム、前半とは雰囲気変わったんじゃないか?この勝負、わからないかもな」

晴子と一緒に試合を見守っていた洋平たちも、チームの変化に気がついた。

「そうよ、まだまだ分からないわ!」

晴子の拳にも自然と力がこもった。




「さあ、ディフェンス1本、止めるわよぉ!オールコート、タイトにね」
神崎の掛け声がコートに響き渡った。


ボールは宮城。
唯が、さっきと同じように、貼りつくようなディフェンスをした。

こいつ、チビのくせに、なかなかいいディフェンスしてきやがる。
でも、そう何度も同じ手は食うかよ。

宮城はすぐに三井にパスを出した。
今度は、百合が三井をマークする。三井はゆっくりドリブルしながら、小声で百合に話しかけた。


「ふん、お前シューターだったのか。けど、そう簡単に何度もあんなシュートができると思うなよ」

「そお? ノルマはあと10本。唯が打て打てって、うるさいのよね。」

「ユイ、? あの12番か、ちッ、生意気なチビガキが・・・なめんなよ」



その頃、恭は必死に流川へのパスコースを塞いでいた。
コイツにパスが回ったら、物凄い勢いで攻め込まれる。せっかくチームがいい雰囲気になってきてるんだから、私がちゃんと止めないと。

だが、流川をマークしている恭に、宮城がスクリーンをかけた。
流川をピッタリマークしている恭に対して、宮城がボディーアタックをしかけて強引に流川から引き離す。
この場合、宮城をマークしていた唯が、恭の代わりに瞬時に自分のマークマンを流川に切り替えるのがスイッチだが、
唯はなぜか、スイッチをしなかった。

反応できなかった?

流川がフリーで走り出した。



「11番、フリー!」


恭が叫んだ。

案の定、三井の高いパスが流川にまわる。

やっぱり、流川は私には止められない・・・。一体、どうすればいい?
恭は悔しくて涙が出そうになった。

だが、次の瞬間、恭の視界に入って来たのは、助走をつけて信じられないくらい高くジャンプする唯の姿だった。

その身長よりも50センチは上を飛んでいく流川へのパスボールを、唯は空中で見事にカットした。


これには流川も驚いて一瞬、宙を見上げて動きを止めた。


「・・・。」

「唯?」


しっかりとボールを両手に掴んだ唯は、地面に着地すると、恭を見上げてニヤリと笑った。
それを見て、恭は一瞬で事態を把握した。

唯は、パスコースを絞るために、わざと宮城にスクリーンをかけさせ、流川をフリーにした。
そうすれば流川にパスが出ることを、最初から予測してた・・・。そのボールを、唯は最初からカットするつもりで・・・?



「いくよ、恭!」


唯はドリブルを開始し、物凄い速さでゴール目指して走り出した。

「そう簡単に行かせるかよ」

すぐに流川が唯にマンツーマンでついてきた。いいディフェンスだ、と、唯は思った。
恭はこんな相手とずっと戦ってたのか、と思うと、たまらず苦笑いが出た。

ゴール下まであと少し。
唯はドリブルしながら、周りの状況を確認した。百合は三井にガッチリマークされている。神崎と宮内、それに相手チームの赤木と桜木は、まだゴール下に戻り切れていない。

そのとき、唯と並走していた恭が、ゴール下にフリーで走りこんで行くのが見えた。


これはチャンス!


唯は、後ろ手にドリブルしながら流川につめより、そして、いきなりドリブルのペースを変えて流川に突進した。
唯より身長が30センチ近くも大きい流川は、一歩も引かずに唯を押しとどめた。唯と流川の体が密着する。

「あまい!あれじゃ流川は抜けないぞ」
ベンチの木暮が思わず、唯の無謀さに呻いた。

だが次の瞬間、密着した唯と流川の股下を抜けて、ボールが大きくゴール下に跳ね上がった。
恭がそのボールを追いかけて高くジャンプする。

「まさか! 股下をくぐらせるバウンドパスだと!?」

ベンチで一部始終を見ていた木暮が、驚きのあまり立ち上がった。


いいパスだ、と、恭は思った。タイミングも高さも完璧。まるで恭が、どんなシュートをしたいのか、分かっていたみたいに。
恭は、唯のバウンドパスを見事に空中でキャッチして、そのままシュート体勢に入った。

そして、恭がシュートを決めた。

カチッ
得点差、28点。



「やったあ!恭、ナイス!!」

唯が、ガッツポーズを振りまわしながら恭に跳びついた。

「いや、今のはナイスアシストだったわ。まさか股下くぐらせてくるとは思わなかったから、ちょっとビックリしたけど」

それまでずっと緊張顔だった恭が、初めてちょっと笑った。



「恭、ナイス」

「唯、ナイスアシスト」


神崎と宮内が、新生1年コンビの頭をポンポンとたたいた。




「あのチビ、尋常じゃないジャンプ力で流川へのパスをカットしやがった。それに、独特のゲームメイクと俊敏性・・・。」

宮城が厳しい顔で唯を見つめた。

「甘く見ない方が、いいかもな。」
「だから最初から、甘く見るなと言っているんだ。」

赤木と三井も顔を見合わせた。


「股下を抜かれるとは、バカ流川め・・・ふはははは!!バカめ!史上最悪のダサイ男、ぷぷッ」

「うるせー、どあほうが」


そう言いながらも、流川は左手のリストバンドで汗をぬぐって、唯を見つめた。
その顔つきが、明らかにさっきとは違っていた。





次のページ