スラムダンク1話6






「お、晴子ちゃーん」

「あ、洋平君たち!」


「なんだなんだぁ? 今日はバスケ部、いつになく盛り上がってないか?」



桜木花道の親友、通称桜木軍団と呼ばれる4人、水戸洋平、高宮望、大楠雄二、野間忠一郎が、花道の練習を見に体育館にやってきた。

「実はね、」




晴子が、それまでの経緯を洋平たち4人に手短に説明した。


「へえー、それで男子と女子が試合をねえ。面白そうじゃん」

「でも、一方的な試合になってる感じだなぁ。」




高宮がそう言ったのも無理はない。前半が終わろうとしているところで、男子と女子の点差は30点。


「さすがに男子と女子じゃ勝負は見えてるか。力も高さも、女子じゃ男子にかなわないんじゃないか?晴子ちゃん」

野間が晴子に聞いた。

「うん、確かにそれもあると思うの。
でもね、女子だって4番の神崎先輩をはじめ、180センチ以上の選手がそろってるのよ。
それに11番の恭ちゃんは、中学時代からすっごいプレイヤーなんだから!
神崎先輩と恭ちゃんは、間違いなく県内トップクラスの選手ね。
だから流川君やお兄ちゃんと、もっといい試合ができるはずなのよ・・・。」



悔しい、と、晴子は思った。
いくらお兄ちゃんでも、晴子は、女子のバスケットを男子バスケ部にバカにされたことが悔しかった。
女子だって、やれるはずなのに。中学時代まで女子バスケ部に所属していた晴子には、それが分かる。



「どっちが勝つか賭けようぜー」

と、金髪男の大楠が言い始めた。


「男子が勝つ方に千円!」


そう言って、高宮が手を挙げると、洋平、野間、大楠も手を挙げた。


「なんだよー、これじゃ賭けにならないじゃんかー」

『女子が勝つ方にアイス4本!』

「お、」

「おお!?」

「なんだなんだぁ?」

「誰ぁだコイツ」


洋平たち4人が、驚いた顔で、声の主を振り返った。
やっとアップを終了して汗まみれの唯が、洋平たちを見上げていた。

「唯ちゃん、」

「え、晴子ちゃん、友達?」

「あ、うん。同じクラスで、女子バスケット部の桜野唯ちゃん。」




「え、この子もバスケット部なのか?」

洋平が唯を指さして晴子に聞き返した。
すかさず、唯が晴子と洋平の間に割り込んだ。

「失礼な、どういう意味? どうせ、背が小さいくせに〜とか思ってるんでしょう。女子が勝ったらアイス買ってよね。」



「あ、ああ・・・。」


洋平が唯の勢いに押されて頷いた。


「イチゴバーって知ってる?3丁目のやつ。あそこのじゃないと受け付けれないから。」
と、唯が念を押した。



「って、あんた賭けるつもりか?こっちは別にいいけど、このまま女子が負けたら、あんた四千円だぜ?」

「望むところよ。ハイリスク・ハイリターンってやつね。」

唯は洋平たち4人にそう言い捨て、女子コートのベンチに走って行った。


「「「「・・・・。」」」」


「ハイリスク、ハイリターン、って、高いリスクを払って大きな見返りを求めることだよな。」

「意味わかってんのかなあ、あの子」

「イチゴバーって、そんなに高かったっけか?」

「さあなあ・・・。」

「まあ、これで1人あたり千円儲けだな」



「んもう、洋平君たち!」

晴子が洋平たちをたしなめた。

それにしても、唯ちゃん大丈夫かしら、と、晴子はとたんに心配になった。
恭ちゃんと同じバスケット部だとは聞いていたけど、中学時代は無名の選手。晴子はまだ、唯のプレーを1度も見たことがなかった。
女子には頑張ってもらいたい。
この試合に勝てなかったとしても、女子にだって実力があるってことを、お兄ちゃんたちに認めてもらいたい。

晴子は祈るような気持ちで、女子ベンチを見つめた。






「唯ー、やっとアップ終わった?」

唯がベンチに戻ると、2年の石田百合が立ち上がって軽く体を動かし始めた。

「汗びしょびしょじゃないの。体冷やさないように気をつけなさいよ。後半は、あたしたちも出るんだから。
まったく30点も離されてくれちゃって、いくらベストメンバーじゃないからって、追いつく私たちの身にもなってもらいたいもんだわ。」

百合の愚痴に耳をかたむけながら、唯はすぐに目の前の試合に集中し始めた。

試合を見るのは好きだ。

誰がどんなプレーをするのか。どんな癖があり、どんなプレーを好むのか。
味方のコンディションはどう?
チームのどこかに、負荷がかかりすぎていない?
マッチアップは適切に組まれているか。

そういうことを1つ1つチェックしていって、後半のゲーム展開を想像する。



「恭がすごく、疲れてるみたい。」

「うん。あの子1人で、あの11番の流川って子を抑えてるからね。
おかげで、恭の得意のオフェンス力が全然発揮されてない。
あの流川はすごいわ。ドリブルもパスワークもいいし、シュートも確実に決めてくる。しかもあの速さ・・・化け物ね。」

と、3年の三木知世(みき ともよ)が唯に教えてくれた。

「恭が抜かれたときのフォローが弱い・・・みんな、あの11番の速さについていけてないみたい。おかしいなあ。速い動きなら、女子だって男子に負けてないはずなのに。あ!、なにあの7番、誰ですか?」

恭へのパスをカットして速攻を仕掛けてきた宮城を、唯が指差した。
すると今度は、前屈をしていた百合が頭を上げてこたえた。

「ああ、あれは2年の宮城リョータ。唯と同じポイントガードよ。あいつが上手くゲームを組み立ててる。
宮城をもう少し抑えられれば、向こうの攻撃力も抑えられると思うんだけどねー」


ランアンドガンか、と唯は思った。敵のボールを奪い、常に速攻を狙ってくる攻撃スタイル。
7番の宮城を中心に、男子はランアンドガンでうまく攻めてくる。

「うーむ。」


百合の解説を聞きながら、唯は考え込んだ。

あの高さと速さを考えると、ゴール下でのゾーンディフェンスは意味がないな。後半は、オールコートで守るのがいいかもしれない。
今の状態ではどう見ても、恭に負担がかかりすぎているように見える。
後半は、30点差を埋めるためにも、どうしても恭の得点力が必要だ。
なんとかして、後半はもっと恭を自由にしてあげないと・・・。

恭を攻撃に集中させるためには、どうすればいいか。

真剣な目で試合を見守っていた唯は、やがて黙って流川と宮城の2人を見つめた。
まずはあの2人だ。



一方ゴール下では、神崎先輩と宮内先輩が、相手の4番と、それに赤頭の10番とはりあって頑張ってる。
でも、気力負けしてるのか、どうもいつも通りの感じじゃない・・・?

4番の赤木と、10番の桜木。あの2人は背も高いし、体つきもがっしりしてるから、女子はどうしてもパワー負けする。
だからリバウンドを取りに行くなら、こちらは3枚飛んだ方がいいかも。

恭にそれができたらな・・・。
でも今は、恭にそんな余裕はない。流川1人を抑えるのに精いっぱいだ。



前半残り30秒。

3年のポイントガード、エリカから恭へのパスが、またしても宮城によってカットされ、そのボールが流川に回った。


「恭、11番を止めて!」


だが、エリカにそう言われる前から、恭はもう走っていた。流川を止めるために恭はずっと走ってる。

けど、追いついてもカットできない。距離をつめればパスを回されるし、離せば好きに動き回られる。


悔しい、と、恭は思った。さっきからずっと流川にやられっぱなしだ。


恭は、中学時代のことを思い出した。
はじめはバスケが好きだった。
エースだと騒がれ、県内の大会では女子MVPにも選ばれた。だけど、バスケを続けるうちに恭は、どんどん孤独になっていった。
コートでは、みんなが恭にパスを集中させた。

他の子だっているのに、いつもピンチのときは、恭にばかり。

バスケはみんなで戦うものなのに、いつしか恭は、自分一人で戦っているような気持ちにさせられた。

でも、自分一人でできることには限界があって、恭は自分1人じゃ何もできないってことを、痛いほど思い知らされた。

なら一体、どうすればいい?



目の前の流川と向き合いながら、恭は歯を食いしばった。

苦しい。


私は、どうしてバスケが好きだったんだろう。たまに、忘れてしまいそうになることがある。
エースとして、いつもチームを支え続けなければならない重圧。孤独。エースとしての自分の限界。

恭は中学を卒業する頃には、すっかりバスケットボールに自信をなくしてしまって、バスケットの強豪校からのスカウトを全て断った。
そして逃げるように、バスケではあまり有名でない、湘北に来た。


もう、1人でバスケットをするのはイヤだった。



「ハンズアップ!」


神崎と宮内が恭に追いついて、ゴール前をかためた。



宮城が叫んだ。

「流川、三井がフリーだ!」



流川はあっさり、スリーポイントラインにいる三井にパスを回した。

三井は流川から受けたボールで1回ドリブルをつくと、そのままシュート体勢に入った。



「なるほど、あの三井っていう14番はシューターなんだ。さっきまでベンチにいたくせに・・・」

と、唯が言った。


「そう、アイツはあたしの敵よ。」

と、百合が言った。


「いやいや、百合先輩が負けるわけありませんから。」

唯がわざと、三井にも聞こえるように大きな声で言った。


だが、三井は動揺を見せることもなく、見事に綺麗なフォームでボールを放ち、ボールは静かにリングを射抜いた。

ブザーがなり、そこで前半戦が終わった。
19対52




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