スラムダンク1話5


「よーしお前ら! 10分後に男子対女子で試合だ、準備しろ!いいな、神崎。」

「もちろんよ、赤木、。 よろしく。 ・・・負けないわよ!」

「生意気な。それはこっちのセリフだ。」



バスケットのリングの高さは、3メーター5センチ。
ボールの大きさは、男子が7号球で、女子が6号球だ。だから、男子のボールの方が大きくて、少し重たい。

重いボールを使った方が練習になるから、と、神崎は男子用のボールで試合を行うことを提案した。



男子のスタメンは、

4番赤木剛憲197センチ、5番木暮公延178センチ、7番宮城涼太168センチ、
10番桜木花道188センチ、そして11番流川楓187センチ。



「いいかお前ら、女子には負けられんぞ。相手が女子だからといって気を抜かず、ダブルスコアで勝つことを狙っていくんだ!」


赤木の鼻息は荒く、男子部員が気合の雄たけびをあげた。桜木、流川、宮城、三井が続く。


「おお!」

「当然。」

「ふん、男子と女子の違いを見せつけてやるぜ。」

「負けねぇ」





一方、女子のスタメンは、

4番神崎雫184センチ、5番宮内夏見182センチ、7番楠田エリカ170センチ、
9番藤沢直子180センチ、11番早川恭178センチ。



審判とカウントは、男子バスケ部の1年、石井、佐々岡、桑田の3人が務めることになった。



「さあみんな、勝つわよ!」

神崎がみんなを盛り上げ、コートに入って行った。


「怪我しないように、引き締めていきましょう」


「頑張って!恭」


スタメンではない唯が、コートサイドから声援を送った。1年でスタメンなのは恭だけだ。
恭が、コートに向かいながら唯を振り返った。
その表情がどことなく硬い。

あれ、恭ってばちょっと緊張してる? 珍しいな、と、唯は思った。


恭はいつもポーカーフェイスで、クールで、何を考えてるのか分からないところがある。


名門、花代女子中学のバスケ部でエースとして大活躍してた恭は唯の憧れのプレイヤーだ。
中学時代に対戦したことはなかったけど、唯は恭の活躍をいつもスタンドから見ていた。

中体連でみせた、恭のキレのいいオフェンスには、どの角度からも攻め込んでいける柔軟さがあった。
どんなにピンチのときにも、恭はずっとゴールだけを見つめ続けて最後まで諦めない。
口数は少ないけれど、プレイそのものでチームを引っ張って行く最強のエース。
そんな恭の姿はめちゃめちゃカッコイイ。


恭は、すごい選手だ。
いつか自分も恭みたいな選手になりたい。唯は中学時代、そう思い続けて恭の出ている試合を見ていた。

でも、恭がどうして湘北高校に来たのかは不明だ。
てっきり、どこかの高校からスカウトを受けて、湘北よりも、海南大付属とか、陵南、
あるいは翔陽あたりの、もっとバスケットが有名な学校に進学すると思ってたのに。

もしかすると恭も、安西先生や村上先生がいるから湘北を選んだのだろうか。

入学当初、恭と同じクラスになった唯は、本当にビックリしたものだった。
中学時代に憧れだった選手が、今は同じチームにいるんだから、おのずとテンションは上がる。




唯はスターティングメンバーに声援を送りながら、自分はコートサイドのベンチに座って一息ついた。
さっきの100本ダッシュがかなりきいた。少し休もう。



すると、コートでティップオフを待つ神崎が唯に怒鳴った。


「唯!何ボケっと座ってるの。 すぐに体ほぐして、アップ始めなさい。後半であんたを使うからね!」

「えッ。」


突然の神崎の言葉に、唯はポカンと口を開けた。

天才的バスケットセンスを持つ恭ならまだしも、まさか、まだ1年で、しかもチビの唯を試合で使ってくれるなんて、
予想外の展開だ。

中学時代でさえ、身長のことが原因でなかなか試合に出してもらえなかったのに。



「本当ですかぁ? 嘘じゃないでしょうね!」
唯は半信半疑で神崎に返した。

「何でこの状況で嘘つくのよ、バカ! 早く行けぇ!!」


神崎が青筋を浮かべて体育館のすみを指さした。本気で怒っている。
だが、唯は、自然と顔がニヤけるのを抑えられなかった。

試合に、出してもらえるんだ!


『はい!』


唯は嬉しさのあまり、ベンチから跳ね上がって、大きく返事をした。



それを見ていた赤木が呟いた。

「あの小さいのを試合に出すとは、随分と余裕だな、神崎。どうせ勝てないから、1年にいい経験をさせてやろうということか」

赤木と神崎の視線がビリビリとぶつかり合う。

「私は、勝つためにあの子を使うのよ。」

神崎が挑発的に囁いた。その言葉に、男子スタメンの赤木、流川、宮城、木暮、桜木の顔つきが変わった。


「ほざけぇ」

「まあ、見てなさい。」


神崎はフンと鼻をならした。


唯が女子バスケ部に入部してきた日のことを、神崎は今でも鮮明に思い出せる。
チビのくせに、バスケがやりたいと言った唯の目は、マジで本気だった。
バスケが好き。いや、それだけではない。この子は必死に何かを追いかけている。あれはそんな目だった。

唯のプレーをはじめて見たとき、神崎は、感動にも近い驚きを覚えることになった。
それは、女子とか男子とか、高校レベルどうのこうのという枠組みをはるかに超えた、斬新的で挑戦的なプレイ。
そのプレイに周りをどんどん引き込んでいく、夢中にさせていく、不思議な力。

女の子なのに。背が小さいのに。この子はどうしてそんなに必死に、バスケに食らいついてけるんだろう。


それからというもの、神崎は確信している。
きっと、唯は最高のポイントガードになる、と。 本人はまだ、そのことに気付いていないけど・・・。




「ティップオフ!!」




ボールが審判役の1年男子、佐々岡に投げられ、いよいよ試合が開始した。

赤木と神崎が同時に跳びあがる。ジャンプボールを制したのは赤木だった。



「まあ、これは当然、といえば当然かもしれないわね。
赤木先輩は県内五指に入るセンターだもの、神崎先輩が圧倒的に不利だわ。」


ベンチで彩子がつぶやいた。


赤木がはじいたボールを宮城がキャッチした。

「速攻!!」


キャッチと同時に走り出した宮城は、いとも簡単に7番の楠田エリカのディフェンスを抜いた。
電光石火の宮城リョータ。


「いいぞお、リョーター!!」


ベンチからの彩子の声援に、宮城は一瞬ニヤリとして、流川にパスを回す。


スタメンからはずれて、のんびりベンチで見学していた三井が言った。

「こりゃ、一方的な試合になりそうだな。」

「いえ、待って。流川の相手の11番、 早い!!あの流川の速さに負けてないわよ?!」


11番の早川恭。
恭はすぐに流川に追いついて、ゴール下に入られる前に流川の足を止めた。1年エース同士の1オン1がはじまった。

にゃろう、こいつ女のくせに、速いな。何者だ?
流川が横目で恭を見た。


恭のディフェンスを簡単に抜ける、と思っていた流川は、その粘り強いディフェンスに思いのほか苦戦した。

ダン、ダン、ダン


チェンジ・オブ・ペースか。
ドリブルのタイミングを感じながら、恭は流川の次の動きを予想した。

チェンジ・オブ・ペース。ドリブルの速さを突然変えて相手を抜きにかかったり、フェイントをかけたりするテクニックのことだ。


ダン!

きた!
流川のドリブルが突然低く、速くなった。右側だ!


恭は流川の速さについていけるように、瞬時に右後ろに足を引いた。


いい反応してやがる。けど、そっちじゃねーよ。
流川は前進すると見せかけて前に弾き出したボールを、自分の股下を通して後ろに戻し、逆サイドに恭をすり抜けた。

え、フェイント・・・?!なんだ今の!


恭は何が起こったのか分からず、すぐに反応することができなかった。

恭を抜いた流川が物凄い速さでゴール下に切り込み、シュート体勢に入ってジャンプした。


「フォロー! 11番おさえて!」


ゴール下で神崎が叫んだ。

宮内と藤沢が2人がかりで流川のシュートコースを塞ぐためジャンプした。だが、流川はシュートにはいかずに空中で大勢を変え、
フリーになった木暮にバックパスを回した。


「ナイスパス」

流川からパスを受けた小暮が、まずは確実にジャンプシュートを決めた。

得点は2対0


「ドンマイドンマイ、次1本、確実に返していくわよ!」
女子3年のポイントガード、楠田エリカがボールを拾い、今度は女子の攻撃が始まった。



「がんばれー女子ぃ!」



唯も、柔軟しながら応援した。
柔軟が終わったら、次はサイドキックにピボット、それに壁ジャンプをしないといけない。のろのろしてたら試合が終わってしまう。

唯は柔軟が苦手だ。なんと言っても柔軟は面倒なのだ。
でも、唯はスポーツマンにしては体が硬いから、激しい運動でケガをしないように、柔軟はいつも10分以上はしっかり集中してやれ、と、
女子バスケ部のトレーナー兼マネージャーの2年、聖誠也(ひじり せいや)先輩にいつも言われている。

その聖先輩は、今日はトレーナー研修で休みだ。

唯は聖を、神崎の次に恐れていた。ストレッチを手抜きしたら容赦なくゲンコツを飛ばしてくるからだ。
「ケガしたらこれよりも痛いんだぞ」、と言うのが聖の口癖。
だから、手抜きすることはできない。

そういうわけで、唯が柔軟を終えたときには、すでに第一ピリオドが終わろうとしていた。
得点は15対28で、女子が負けている。


早くアップを終わらせないと、前半が終わっちゃうよー!


唯は空いているコートに行き、サイドキックでコートを10往復した。

サイドキックが終わった頃には第一ピリオドが終わって、もう第ニピリオドが始まっていた。


チラリと試合中のコートを見ると、恭が、だいぶ疲れているように見えた。
相手の11番にピッタリマークされているみたいだ。あの男の子は誰だろう?いい動きしてるなあ。



「あの11番、なんていう人?」

ピボット練習と壁ジャンプに使うボールを借りに男子側のベンチに行った唯が、三井に話しかけた。


「あ?  お前、女子のくせに流川を知らねーのか。同じ1年だろ。」

そう言って、三井は唯をチラリと見た。さっきのデカイ声のチビだな、と認識する。


「ルカワ・・・? はじめて聞いた。」



「はじめて聞いた」という唯の声が聞こえたのか、そのとき、唯の目の前で、噂の流川がいきなりダンクシュートをかました。
それは一瞬のことだった。なんていう速い動きだろう!
音と迫力と速さと高さ、その全てに唯は息を飲んだ。


ダーン!!


ボールがリングに叩き込まれる音が、唯の心臓に響く。 ドキドキする。すごい・・・。

リングから飛び降りた流川が、唯を振り返った。
流川の挑発するような目が、唯を見下しているように見えた。


とたんに体育館中に歓声が沸き上がった。今まで気付かなかったけどその歓声は、
「ルカワッ、ルカワッ、ルカワッ」 という女の子たちの黄色い声援だった。

はあ、なるほど。

「さすがは男子、高さじゃ、かなわないな・・・。」

唯がボソリと呟いた。

「カッコイイな、ダンク…、いいなあ、…ダンク。 あいつはちょっとムカツクから嫌いだけど。」

「はは、だろ? アイツ性格悪いしな。」

唯の言葉に三井が笑った。

唯の、「ちょっとムカツク」という言葉に共感したようだ。


唯はすぐに気を取り直してコートに背を向けた。
「アップするので、ボール借りますね。」

そう言って唯が男子用バスケットボールの籠からボールを1つ取り出すのを見て、三井は驚いた顔をした。


「アップってお前、まさかこの試合に出るつもりなのか?」

「後半から出ます。」

「マジかよ・・・。お前みたいな奴が同じコートに入って来たら、こっちはやりにくいぜ。
潰れて死なれちゃシャレになんねー。ところでお前、身長いくらだよ、・・・多分、160もないだろ?」

「身長は、」

「ないな。」

と、三井が唯の返答を待たずに断定した。

ベンチに座っている三井と、普通に立っている唯の視線の高さがほぼ同じだった。
それだけ、唯が小さい、いや、三井が大きい。

唯はムキになった。


「背は小さいけど、バスケにかける思いは2メートル越えです。」

「は?」
三井が一瞬面食らった。

「だから、・・・。」
唯は顔を真っ赤にして怒った。

それを見て三井が吹き出した。


「小鬼かお前は。なーに怒ってんだ、顔真っ赤にして。可愛いな」


なんて失礼な人だろう。唯は笑い転げる三井を無視して反対側のコートまで走った。
今に見ていろ!すぐにピボットと壁ジャンプの練習だ。

おのれ14番。ベンチのくせにむかつくぅ! 笑いたければ笑うがいい。
唯はボールを抱えて片足を軸に、見えないディフェンスをかわして高速回転した。超ピボット練習だ。




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