赤木晴子がいつものように男子バスケットボール部の練習を見に体育館にやって来ると、
先ほどの嫌な予感が見事に的中していた。
晴子の兄、こと、男子バスケット部主将の赤木剛憲と、女子バスケット部主将の神崎雫が、体育館の真ん中で言い争っていた。
体育館全体が、ピリピリした雰囲気に包まれている。
身長197センチの赤木と、身長184センチの神崎が胸突き合わせてケンカ腰に話していると、それだけで迫力があった。
男子バスケ部も女子バスケ部も、その2人の周りを取り囲んで様子をうかがっている。
「女子がこっちの体育館を使うなんぞ、そんな話は聞いとらん」
「私たちも教頭に昨日言われたばっかりでね。主将同士で話をつけろってことなのよ。」
「だが、俺たちはこれからインターハイ予選まで、毎日体育館を使うぞ。なんていったって今年は、全国制覇を目指してるんだからな。」
「それは私たちも同じよ、男子だけが全国を目指してると思わないで。」
「なッ、!」
「とにかく、つべこべ言ってもはじまらないわ。女子は、奥のコートを使わせてもらうことにするから。」
「勝手に決めるな!」
「まあまあ赤木、そうムキになるなよ。旧校舎の第2体育館が老朽化で工事だというんだから、仕方ないじゃないか。
互いにゆずりあって、この難局をのりきろうじゃないか」
男子バスケット部副主将の小暮が赤木をなだめた。
「へえー、女子も全国を目指しているのかぁ。この俺様のような天才がいないと、さぞかしキツいだろうなあ。」
「だまれ、どあほう・・・」
「はあ!?っるせーぞ流川! ・・・だけどよーゴリ、女子と男子で体育館半分ずつじゃ、狭すぎるんじゃねーのか?」
「同感だ。」
珍しく意見のあった桜木と流川が、互いに火花をちらしながら、赤木に言った。
すると、それを横で聞いていた三井も、腰に手をあてて女子に向かって言った。
「軟弱な女子バスケと違って、男バスはハードだからなぁ。そりゃ、女子は隅の方でも十分練習できるからいいだろうけど、
はっきり言って、女子に半分占領されると俺たちは邪魔だぜ」
「女子が軟弱ですって!? 冗談やめてよ。 女子バスケットを舐めないでちょうだい。
そういうあなたは、つい数日前まで不良だったヤサグレ男じゃないの三井、あなたこそ、バスケットボールをバカにしないでよね。」
女子副主将の宮内がすかさずやりかえした。
「チッ、んだとごらぁ・・・」
「まあまあ、三井先輩・・・。」
男子バスケット部マネージャーの彩子が、青筋のたった三井をおさえた。
「それにしても、教頭たちもこの大事な時期に体育館の工事だなんて、一体何を考えているのかしら。」
彩子も困り顔だ。
「練習時間がかち合わないように、調整すりゃいいんじゃねーのか?」
「いや、それは無理だぜ花道。男子も女子も、インターハイ予選大会が始まるのは次の金曜日。もう一刻も猶予はない。
当然、放課後も朝もビッシリここで練習することになる。
ここにきて、ただでさえ時間がないのに、練習時間を譲り合ってる暇はねえ、しかも女子なんかのために。」
と、宮城が言った。
「なんですってぇ!?」
「まあせいぜい、俺たちの邪魔はしてくれるなよ。」
赤木が、神崎をギロリと睨みつけた。
「流れ弾にあたってケガしても知らないぜ。」
「せいぜい、気ぃ付けることだな。」
と、バスケットシューズの紐を結びなおしていた三井と、ボールをワンハンドで籠から取り出した宮城が挑発するように続けた。
「女子が一緒かあ。天才といえども、なんか調子が狂うなあ」
「はあ・・・。どあほう1人でも手一杯なのに」
「ぐ、なんだとお!?流川てめぇ」
「ハーイハーイハーイ、切り替え切り替え!! もう時間ないわよ! 練習、練習!!」
彩子が落ち込んだ雰囲気を盛り上げるように手を打ち鳴らしてみんなに叫んだ。
ちょうどそのとき、練習着に着替えた桜野唯が、第1体育館に駆け込んできた。
『すみませーん、遅れました。おはようございます!!』
彩子の声を掻き消すほどのさらにデカい声。
体育館に入って来た唯の挨拶があまりに大きかったので、その場にいた全員が唯を振り返ることになった。
「なんだあ?コイツ。 デッけぇ声・・・」
すぐ近くにいた三井が、両手で耳をふさいで唯を見下ろした。その身長差、およそ30センチ。
だが、唯の視界に三井は入らなかったらしく、唯はあっさり三井をすりぬけて体育館全体を見回した。
「うわッ、狭ーい!第1体育館て、こんなに狭いんですねぇ。コレでまともに練習できるかなあ」
「「「「「・・・・・!」」」」」
今それを言うのか、そんなにデカい声で、と、その場にいた誰もが思った。
せっかく練習しよう、というムードになったのに、また話が戻ってしまう。
ひとしきり体育館を見回してから振り向いた唯は、いつの間にかそばに来ていた桜木花道の胸にぶつかりそうになって
ギョっ!として後ろに飛びのいた。
「デカッ!!?・・・すぎ」
「うぬう?」
「おお・・・。さすが男子、巨人のようにデカイ。びっくりしたー。」
桜木が、不思議な生き物を見るように首をかしげる。
唯も、不思議そうに桜木の髪を見つめた。
そして、ついと手を伸ばすと、桜木のリーゼントのかかった赤い前髪をいきなり鷲掴みにして引っ張った。
「ふがッ!? こら!イテテテテ、てめえ何しやがる、この天才バスケットマン桜木に向かって!」
「え、地毛なの?すごーい」
グイグイグイグイ
「イテテテ!! このッ・・・、引っ張るなチビ!手を離しやがれ」
そのとき、女子バスケット部主将、神崎が、怒りにフルフル震えながら唯に怒鳴った。
「お前はまた遅刻か! インターハイ予選目前だっていうのに、気合が足りなぁい!!
ダッシュ100本イッテコーイ!!」
「うわ、また・・・は〜い」
やっぱり地獄のダッシュ100本か、と思いつつ、唯は女子バスケ部キャプテンに恐れをなして体育館を飛び出した。
「なんだ?アイツ」
「チビだな。女子のマネージャーか?」
三井と宮城が顔を見合わせた。
「あのチビ、いきなり人の髪を引っ張るとは、うぬぅ・・・許せん」
「ざまあねえ。いい気味だ」
駈け出して行った唯を不思議そうに見ていた湘北男子バスケ部のもとに、女子バスケ部主将の神崎がツカツカと歩み寄った。
「唯はうちの優秀なポイントガードよ。確かに、背は小さいけどね。
ところで、分かってると思うけど、あんたたち。」
「ああ?」
「 うちの部員に手出ししたら承知しないからね 」
「「「「「・・・・・・・!?」」」」」
神崎はそう言うと、軽蔑するような目で男子バスケット部全員を一瞥して自分のコートに戻って行った。
「んなぁあにをぉ!?」
「ば、バカな!お、俺には晴子さんという、心に決めた人が」
「俺は綾ちゃん一筋だからね。」
「ありえねーだろ、バーカ。こっちから願い下げだ」
「くだらない。」
赤木、桜木、宮城、三井、流川の鼻息は荒かった。
「そ、そうかー、あの小さい子もバスケットボール選手なのか。がんばってるなぁ、女子も」
そう言いながら、小暮は心の中で冷や汗をかいた。
気性の激しい今年の男バス問題児軍団と、あの女子バスケット部の連中は、互いに互いの神経を逆なでする、
油と水、いや、火と水のような関係だ!?
「おらおらあ、俺たちも練習するぞおおおおおお!!!引き締めていけよぉ、今年は全国制覇だあ!!」
「「「「「うおおおおおおおお!!!!」」」」」
その日の男子の練習には、いつになく熱が入った。
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