スラムダンク1話2




5月15日月曜日、放課後。

湘北高校女子バスケットボール部の中で1番背の低い、桜野唯(さくらの ゆい)は、
午後のホームルームが終わるとスピードダッシュで1年1組の教室を飛び出した。

今日は部活の前に1件、済ませなければならない用事があるのだ。

実は昨日も、のっぴきならない用事で部活に遅刻してしまった唯は、女子バスケ部主将の神崎にこっぴどく叱られた。
地獄の100本ダッシュの刑を2日連続で受けるのはキツすぎる。

今日は遅刻するわけにはいかない!



「ゆいー、今日から練習、第1体育館の方に変わるんだからね、間違えるなよー」


女子バスケ部の同級生で同じクラスの早川恭(はやかわ きょう)に呼びかけられ、唯は振り向きざま手を振った。


「わかってるうー、後でねッ」





「まったく、大丈夫かねあの子は」


猛ダッシュで屋上へ続く階段を上って行く唯を見送りながら、恭がつぶやいた。



「あら、唯ちゃんまた呼び出し?」

鞄を抱えて教室から出てきた赤木晴子が、恭に話しかけた。

晴子と恭、それに桜野唯は、3人とも1年1組で同じクラスだ。



「そうみたい。今日は、顔も知らない2年の先輩だってさ。可愛くて小さいのはやっぱりモテルんだねぇ。
晴子ちゃんも気を付けなよー」

そう言いながら、恭は女子バスケ部トレードマークの黄色いボールバッグを肩から豪快にかけて、
いつもとは違う方向の体育館に歩き出した。



「あれ?恭ちゃん、今日の練習、第2体育館じゃないの?」

晴子が不思議そうに呼びとめた。


「あー、うん。なんかあっちの体育館工事するみたいで、追い出されちゃったんだよね。
今日から第1体育館で練習なんだ。」


「え。。。、そうなの? インターハイ予選が目前のこの時期に??
第1体育館ならお兄ちゃんたちと一緒・・・あ、あとで練習、見に行くね!」


「ういーっす」


晴子のぎこちない笑顔とは裏腹に、恭は少し眠そうに手を振りながら行ってしまった。



女子と男子が同じ体育館で練習、かあ。大丈夫かなあ。

晴子は心配そうに恭の後ろ姿を見つめた。

湘北男子バスケットボール部はみんな元気だから・・・この前も乱闘騒ぎがあったばっかり、・・・って、いやいや、きっと、大丈夫よ。
まさか今度は、男子と女子でケンカするなんて、そんなことあるはずないわよ、・・・ね。

でもお兄ちゃん、同じバスケットボールでも男子と女子は別物だ、とかなんとか言って、普段から女子バスケを敬遠してるのよね・・・。
インターハイ予選に向けて、みんな気合入りまくりだし、ささいなことで男子と女子がぶつかり合わないといいんだけど。

それに、女子と男子であの体育館じゃ、コートが1つずつってことになるわね。きっと狭いだろうなあ・・・。
これはもしかすると・・・?


いやいや、きっと大丈夫!同じバスケットボール部だもん。きっと譲り合って、うまくやるわよね。


晴子は、湘北男子バスケ部の個性の強い面々を頭に思い浮かべながら、必死に嫌な予感をぬぐい去った。






その頃、屋上では桜野唯が、自分を呼び出した相手を今か今かと待ち構えていた。

「んもう、最低!自分から呼び出しておいて遅れて来るなんて。・・・一体どんな奴よ、絞めてやろうか。」


誰もいない屋上で、唯は1人で毒づき、コンクリートの地面を蹴った。

だが、当の本人が姿を現すと、唯はそんな顔はおくびにも出さず、見覚えのない男子生徒にペコリと頭を下げた。

告白タイム。
唯はいつものように、嫌な顔一つせず、相手の話を真剣に聞いた。
きっと、好きだ、っていう気持ちを告白するのは、すごく勇気のいることだ、と、唯は思った。
だからいつも、どんなに急いでいるときも、相手が十分に思いのたけを話せるように礼儀正しくしようと思った。




この日は、2年1組の深津浩二、という先輩だった。
全校集会のときに廊下ですれ違った唯に、一目惚れしたという。
唯のほうはそれまで深津の顔も、名前すらも知らなかった。
イケ面で、いかにも女子にもてそうなオーラをかもしているのに、どうして1年の私なんか?



内心ではそう思いながら、唯はこの日も深深と頭を下げて告白を断った。


「今はバスケットボールのことしか考えられないので、ごめんなさい。」




別に、他に好きな男の子がいるわけじゃないし、男の子に全然興味がないわけでもない。

ただ、今は本当に、バスケットボールのことしか考えられないだけだった。

身長が158センチと低めの唯は、他の誰よりも努力しないとバスケットボールで活躍することができない。
それに、唯にはバスケットボールで強くなるという兄との約束がある。


全国制覇。

今はそのことに集中したかった。




だけど、この日は何かがおかしかった。
告白を断ったら、もう少し落ち込むのかと思った深津というその2年の先輩がなぜか、ケロっとした顔でニヤリと笑ったのだ。


んん??


唯が不思議に思った時には、時すでに遅し。
深津の友達と思われる男子生徒が数人、屋上入り口でたむろしてゲラゲラ笑うのが聞こえてきた。


「振られたよ、賭けは俺の負け。」


深津が仲間たちに向かって大きな声で言った。


「いやあ、危なかったよなあ。ウブな1年なら、プレイボーイの浩二にコロっとオチルと思ったんだけどよ」


「アハハッ、この子可愛い顔してるから、軽い女なのかと思ったんだけど、案外硬いよ〜。
今はバスケットボールのことしか考えられないの〜、だってさ!」


「ハハハ、ばーか浩二、その子、本気にしちゃったんじゃないの?一応謝っとけよッ」


「あ、ごめんね?俺たち賭けしてたんだよねー。別に本気でアンタのこと好きなわけじゃないから、勘違いしないでね。じゃッ」




まるで一瞬にして過ぎ去った嵐のようだった。

深津浩二と、その仲間たちは最後の最後まで下品に笑いながら、茫然とする唯を尻目に屋上を出て行った。

人を傷つけることをなんとも思っていない、冷たい目と、無神経な笑い声。





「賭け・・・。」


一人取り残された唯は、しばらくその場に立ちすくんでいた。


ええええ??



まさかの展開。こういうのもたまにあることなの!?と、唯は自分を落ち着かせた。

真面目に告白してくる男子もいれば、今回みたいに、人をバカにした態度をとってくるアホもいる。

だけど、頭ではそう考えても、唯はやっぱり傷ついた。


もし、さっきの告白をOKしてたら、私はどれだけ傷つけられたんだろう。

頭にくるなあ、もう。
真剣に話を聞いていた私がバカみたいじゃない・・・?



唯は大きくため息をついて、思い出したように時計を見上げた。


そんなわけで、部活には、今日も遅刻だ!







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