スラムダンク1話13




72対74

「ついに、ワンゴール差か・・・」
ベンチの木暮が、ゴクリと生唾を飲んだ。

「女子の動きが後半になって格段に良くなってる。まるで、前半とは違うチームみたいに」
彩子が深刻な顔で、コートを見つめた。
あの桜野唯というポイントガード・・・?

「みんな、楽しそうにバスケットをしている。男の子たちも、女の子たちも。」
安西先生がお茶をおかわりした。



一方、体育館の入り口では洋平たちも、後半に入ってからのゲーム展開に固唾を飲んでいた。

「あの小さい子、なかなかやるじゃねーの。」
「あの流川のブロックをかわしてシュートを決めるとはなあ。」
金髪頭の大楠と、髭の野間が言った。

っていうか唯ちゃん、流川君の上に落ちるなんて羨ましすぎるわ!流川君に、あの流川君に、
しかもあの後、流川君に名前を聞かれるなんて、・・・キャー!!
晴子は、自分が流川に名前を聞かれるところを想像して赤面した。

その横で、洋平と高宮が顔をしかめる。
「は、晴子ちゃん? 大丈夫かなーこの子は・・・何考えてんだか」
「しかし、予想外の展開になってきたなあ。この勝負、女子が勝ったら俺たち、イチゴバー4本だぞ。」
「ああ、分かんなくなって来た。あの子、花道に潰されかけたときにはどうなることかと思ったが、唯ちゃんだっけ、あなどれないな」
「花道もつくづく笑わせてくれるよな。あーんなちっちゃい子に跳びかかって行くなんて。」
「ぷぷぷ」
「ふははッ」
「フハハハハハ!!!」



流川親衛隊の敵意の眼差しをさえぎって、神崎が唯のお尻を叩いた。
「やるじゃんよ。この局面でよく決めてくれたわ!」
「へへへ。もっと褒めてくださーい」
と、唯が上機嫌でお尻を振った。それを、恭と百合が呆れて見つめる。

「ったく、さっきは自信がなかったとか言ってたくせに・・・、ほんと調子いいよあー唯。」
「唯はすーぐ調子にのるからね・・・」

唯が顔をフグのように膨らませた。
「んもう!恭も百合さんもイジワルだなあ」
「はいはい、そうやってすぐにふてくされないの。さあ、もう1本、気合入れて行くわよ!」
と、宮内がみんなを鼓舞した。

ラスト1分をきっている。


コートの中で、神崎が手を伸ばした。その手に、宮内が自分の手を重ねる。そして百合が重ねる。
最後に恭と唯が、手を重ねた。

「勝つ。それだけ考えてればいいから」
「死ぬ気でボール追いかけていくわよ」
「最後、私にボールちょうだい。絶対に決めるから」
「うっす」
「はい」

そして、神崎、宮内、百合、恭、唯の5人はそれぞれのマークマンのもとへ走った。
ラスト50秒。オールコートで守り切る。


ボールは宮城。
ゆっくりしたドリブルで、チーム全体の様子を伺っている。時間いっぱい使って、確実に攻めて来る気だろう。
唯は慎重になった。下手に取りに行ってもし抜かれたら、宮城のスピードで一気に攻められる。
ここで男子にシュートを決められたら、唯たちに勝ち目はほとんどなくなる。

絶対に抜かせない。
唯は体勢を低くして、ハンズアップした。近づきすぎず、離れすぎずの距離を保つ。
そして、ボールや、ドリブルの音ではなく、ただ宮城の息使いと、その目に意識を集中させる。
宮城は優れたポイントガードだ、と、唯は思った。ドリブルも身のこなしも天下一品で、速くて、キレていて、予測がつかない。
だから唯は、可能な限り無になって、宮城と同調するしかない。

チェンジオブペース。
宮城のドリブルの速度が急に変わった。普通なら、それだけで一歩退いてしまいそうになるところだが、宮城を見ていた唯はまんじりともしなかった。

チッ・・・。
この程度のフェイクは通用しないか。それなら、


宮城はドリブルを股下に通しながら、一気に踏み込んだ。
右!と見せかけて、宮城は体を回転させ、左に走り出した。
だが、その先に抜くに抜けない間合いをとって、唯のディフェンスが追いついてきた。
強引に抜こうとして体を当てれば唯が身を引き、宮城の勢いがおさまったところで逆に唯が押し返してくる。

「すごいガード対決・・・リョータが苦戦してる!」
「宮城!ボールを持ちすぎるな!」
木暮がたまらず叫んだ。

「りょーちん、パース!」

畜生、パスが出せねえ!
宮城は唯に体で当たり、ボールを強く前に弾き出した。そのボールを今度はレッグスルーで自分の体の後ろに戻し、一瞬できた唯の隙をついて、素早くスピンしながら体を前に押し出した。
これでどうだ!
唯の体が、宮城と並ぶ。抜いた!
だが、その瞬間、宮城のドリブルボールに唯の手が伸びて来た。

あぶねえ!

宮城は瞬時にドリブルしている左右の手を入れ替え、唯のスティールを交わした。
宮城がまた唯に追いつかれた。足が止まる。

「へえ、やるじゃねーの」

宮城が、ヘヘ、と笑った。
血が騒ぐ。
流川と三井が同時に、宮城のパスをもらいに走ってきた。

「唯、行った!」
「ダブル!」

宮城がドリブルを止め、ボールを両手に掴んでジャンプした。

唯も踏み込んだ。パスは出させない!
宮城のハイジャンプに対抗して、唯は渾身の力で飛び跳ねた。届け!

「高い!」
「リョータ!」

宮城の放ったボールに、唯の指先がかすかに触れた。
「なにッ!」
ボールが勢いを失い、コートに落ちてワンバウンドする。百合と三井がそのボールを追いかける。
鷲が獲物をかすめるようにボールを拾ったのは三井だった。

「へい」
「流川!」

流川はすでにゴール目指して走り出している。その流川に、三井からパスが回る。
男子のオフェンスタイム残り8秒。

流川が、最高スピードでゴール下に攻めて来た。神崎と宮内がゴール下を固める。恭が、流川をディフェンスするため走った。

「恭!完璧に止めようとしなくていい、弾きな!あたしがフォローする」

神崎の叫びが体育館中に響き渡った。

そうだ。と、恭は思った。私にコイツは止められない。今はまだ。
今私にできること。それは、完璧なプレーなんかじゃない。

それは、仲間を信じること。みんなで勝つんだ!この1点は決めさせない!

恭は、流川めがけて走った。
そしてすれ違いざま、流川のドリブルボールを強引に弾き出した。
弾かれたボールは恭と流川の力に反発して、バウンドすることもなく誰もいない方角に跳んで行った。

「ルーズボール!!生きてる!」

唯が叫んだ。体は小さいのに、でかい声だ。赤木、三井、宮城、流川、桜木の動きが一瞬止まった。

神崎の足が動いた。唯はそれを見ていた。
ボールがサイドラインを越えて飛び出して行く。追いかけても、あのボールには追いつかない、と、誰もが思った。
だが、唯は違った。



『百合姉走って!宮さんも!』


唯が今日一番の大声で叫んだ。
百合と宮内は、ハッとして、とっさに、唯が指さした方向へ走り出した。もちろん、逆サイドのゴールへ。


神崎は、ボールを追いかけてサイドラインから飛び出しながら、唯の声を聞いていた。
全てが、スローモーションのように流れていく。
背後で、仲間が自分を信じて、ゴール目指して走っているのを感じる。絶対にこのボールをコートに戻したい!

届け!

「先輩うしろ、います!」

目で見なくても、唯がコートのどこにいるかが分かった。
神崎は床に落ちるすれすれのボールを指先ですくい、手首を返して声の方にボールを押し戻した。
その瞬間、神崎は顔面から床に滑り落ち、その勢いのまま壁に打ち当った。

かすれる視界を上げると、唯がコートの中でボールを持ち、笑っているのが見えた。

「ナイスパス」


唯がドリブルで走り出した。
ラスト12秒

「まずい、上がれ!!12番を走らせるな!」

赤木、桜木、宮城がスリーメンで唯についた。三井と流川が走る。
だが、唯の勢いは止まらない。姿勢を低くした唯は、左右にボールを入れ替え、チェンジオブペースを巧みに織り交ぜながら、
次々に赤木、桜木、宮城を抜き去った。

「ダックインドリブル!ごぼう抜きだ!」

唯は3枚のドリブルを抜くと、センターラインの向こう側にいる宮内にアンダーハンドパスでつないだ。
流川が宮内につく。

ラスト7秒。

宮内はドリブルしながら半歩後ろに下がり、いきなりスピンをかけてジャンプした。
自分に背を向けていきなりジャンプした宮内を見て、流川は思った。背面シュート・・・!?いや、パスだ!

流川が宮内のパスをカットするためにジャンプした。ジャンプ力では流川の方が上だった。
だが、あと少しで手が届きそうになったところで、ボールは放物線を描いて宮内の手を離れた。
ビハインドのループパス!
敵の後ろにいる味方に送る、山なりの軌道のパス・・・それを背面からされたのは初めてだった。そんなパスが通るわけ、


「ナイスパス!宮さん」
「あとは任せた、百合!あんたまだ、唯に言われたノルマ1本残ってるでしょう」
「わかってるってば。」

宮内のパスを、スリーポイントラインのすぐ外側でキャッチした百合が言った。
そこは、百合のホットスポットだ。

ラスト3秒。

百合はボールを一度床につくと、すぐにシュート体勢に入って、飛び跳ねた。11本目のスリーポイントシュート!

「打たせねえ!」

三井が、百合の前に立ちはだかった。
それを予期していた百合は、宙を舞いながら、重心を後ろに傾けて三井を見上げた。ジャンプ力は、どう頑張っても三井のほうが上だ。
でも、

「これを外すわけにはいかない。みんなで、つないだ最後のボールは、絶対に決める。それがシューターの役割だから」

百合がボールを放った。

「フェイダアウェイ!?」
ボールは三井の指先をかすめ、軌道をそれたものの、それでもリングに向かって飛んで行った。

入るのか!
コートにいた全員が、百合の放ったボールに釘付けになった。

ガコン。

ボールはリングの内側に当たって音を立てながら、ネットをすり抜けていった。

0秒。
試合終了のブザーが鳴った。
75対74


逆転。
百合が床に着地してガッツポーズした。



「女子の、勝ち!」


「きゃあああああああ!!!!勝ったああああ!!!」
女子のベンチが一斉に飛び跳ねた。

「ナイッシュー」
「当然。」
宮内と百合がハイタッチした。

「だけど・・・、」
「ん?」
百合が少しの間、考え込んだ。
「あのとき、唯に走れ!って言われなかったら、きっと今のチャンスを逃してたと思う。」
「神崎があのルーズボールを取れるなんて、誰も想像できなかったからね。私たちは信じなくちゃいけなかったのに、最初から迷わずそれができたのは唯1人だけだったね。普通なら、あんなゲームメイクはできないわよ。」

「唯はどうして、神崎先輩があのボールを取れるって分かったのかしら。」
「取れるとか取れないとか、そんなことは考えてなかったのよきっと。ただ、神崎がルーズボールを追いかけて行った。あの子にはそれだけで十分だったんだと思うわ。」

百合と宮内が振り返ると、唯がコートの真ん中で親指をたてて笑っていた。
えらく機嫌がよさそうなチビだ。
それを見て、百合と宮内がクスっと笑った。

恭が、コートの外に倒れている神崎を助け起こした。
「ナイスファイトです、先輩。大丈夫っすか?」
「うん。恭も、ナイスカットだったよ」
赤くなったおでこをさすりながら、神崎が頬をゆるませた。
「・・・あんなの全然、ナイスじゃないっすよ・・・」
恭がうつむいた。
その時、
「恭ナイスカットだったよー!!」
と言って、唯が恭に飛びついて来た。

「ちょ、唯、重い! つかまんなよ、ったく、ヘビーなんだよ唯は・・・」
「なッ!ヘビーって言わないでよね!なによ、みんなして。イジワル!」
「唯はまた怒ってるの?ほらみんな何してるの、せーれーつ!」
宮内がコートの中で手招きしている。

神崎が整列に向かいながら、恭の背中をポンと叩いた。
「あんな速いドリブル、普通なら触れもしない。あんたが少しでも触れたから、みんなで必死にそのボールを繋げて、この勝ちがあんの。
バスケはみんなでするものだ、って、あのチビも言ってたでしょ。あんたは自分ばっかり見すぎなのよね〜。もっと、仲間を見なさい。そうすれば、自分がどんな活躍をしたかなんてどうでも良くなる。ただ、バスケが楽しくなる。」

「はい。」

そして、恭は神崎の後をついて、小さな声で付け加えた。

「ありがとうございます、先輩。」





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