スラムダンク1話14





試合終了の挨拶が終わって、安西先生がみんなを集合させた。

「みんな、お疲れさまでした。とても、良い試合でした。
男子は、高さとパワーで。女子は、速さとチームワークで、それに対抗した。
バスケットボールは楽しいでしょう。男子と女子で試合をしてみて、君たちはどう感じましたか?」

赤木が最初に答えた。

「自分は、最初は、女子には簡単に勝てるはずだ。勝って当たり前だと思っていました。
しかし、高さやパワーがなくても、それを補うことのできるチームワークとテクニックがあることを知りました。女子バスケをバカにしていた自分がゲームに負けたのは、当然の結果であると思います。」

すると今度は神崎が口を開いた。

「ゲームには勝ったけど、それはあくまでも今回はという話だと思っています。男子の高さやスピード、それにスタミナやパワーは本当にすごい。
正直、また同じゲームをやったら、次は勝てるかどうか自信がありません。中には危険なプレーもあったけれど、男子が女子に対して配慮しながら試合をしてくれているのがわかりました。何より嬉しかったのは、体格の小さい選手をファウルで抑えつけようとせずに、スポーツマンとして最初から最後まで、バスケットボールで勝負してくれたことです。・・・、ありがとね、赤木、それに、あんたたちも」

神崎が、赤木をはじめ、流川や宮城、三井、そして最後にちょっと意味ありげに桜木を見た。

「バカ者。不当なプレイをしないのは当たり前だろう。桜木はまだ初心者だから、大目に見てくれ」
「ゴリッ!!」

「そうは言うけど、体格差だけで強引に抑えつけようとしてくるチームとも、今までたくさん対戦してきたの。うちは特に、小さい選手がいるからそういうのが気になってね。正直、最初は男子もそうなんじゃないか、って思っていたけど、でも違った。あなたたち、外見は不良っぽいけど、ちゃんとバスケをやってるのね」

「当たり前だ。」
赤木の鼻息が少し荒くなった。

「まあ、今年はいろいろと問題児軍団がそろっているからなあ・・・あはは」
と、木暮が笑う。

「メガネくん、それはどういう意味だ。」
「はは、桜木。どうにもこうにも、そのままの意味だろう」
「ふぬうううう!」
「わかったわかった、落ちつけ桜木。」


「まあ、案外楽しかったな。」
と、三井が言うと、宮城がそれに続いた。
「そうだな。また試合してやってもいいぜ。」

「ほお。流川君はどうです?」
と、安西先生が話を振った。

「別に。でも、次は負けない。」


「そうそう。負けず嫌いなことはいいことです。今回の試合で、私も、君たちの実力を見せてもらえて楽しかった。
だが、1つ言っておきます。」

安西先生の眼鏡がキラリと光った。

全員の身が引き締まった。体育館に静寂が訪れる。
そして、安西先生が微笑んだ。

「君たちは、この夏もっと強くなる。いいですね?」


たちまち体育館中に、バスケットボール部員の声が響き渡る。

「「「「「「 うっす!」」」」」」
「「「「「「 はい! 」」」」」」

「「「「「「「「 よろしくお願いします! 」」」」」」」」





それから部活終了の時間が来て安西先生が帰ると、桜木が突然言い始めた。

「よし、今からもう一試合しよう。な、ゴリ」

「いいな。 赤木、しようぜ。このまま女子に負けたまんまじゃ、どうも寝ざめが悪い。いいだろ?神崎」
「賛成。もう一試合しようか。」

三井と宮城が言うと、流川も頷いた。

それを聞いて神崎が切れた。
「バカ言ってんじゃないわよ!あんたたちどんだけ体力もてあましてるわけ!?はっきり言って、女子はもうクタクタよ!
あんな無茶な試合、もう二度とできるわけないわ!」

「なんだよ、もうバテたのか? 随分弱気じゃねーか、だらしねぇ。」
と、三井。

「男子と女子を一緒にしないで。」
宮内が苦笑いで返した。



桜木、宮城、三井のしつこい誘いを断る神崎と宮内をよそに、唯はその頃、洋平たちに駆け寄って行った。
外はもう日が傾きかけている。

「買ってきてくれた?」
「あいよ、イチゴバー、4本な。」
「やったあ!」

唯は確かにそれが3丁目のイチゴバーであることを確認すると、満足そうに微笑んだ。

「まさか、本当に女子が勝つとはなー」
と、洋平たちがぼやいている。


唯はアイスが溶けないうちに、部室まで走った。
部室の冷蔵庫にイチゴバーを3本入れ、1本はすぐに開けて食べる。
試合の後は特に、イチゴバーの甘さと冷たさが体に沁みる。3丁目のイチゴバーは特別で、中に柔らかいチョコが入っているのだ。
イチゴとチョコが口の中で溶けあう至福のハーモニー。最高だ。

唯はとろけるような気持ちでアイスを食べ終わると、汗にビッショリ濡れた服を着替えて、再び体育館に戻った。
部活が終わって、すでにほとんどの部員が帰っている。


男子のコートには、三井、流川、桜木が残っていた。
桜木がマネージャーの彩子の指導のもと、体育館のすみでドリブルの基礎練習をしている。

女子のコートに残っていたのは百合一人。
百合は部活の後も、残ってシュート練習をしていることが多い。
それを見て、唯も一緒にシュート練習をするようになったのだ。


「百合さん、何本?」
「ん、今日は500本。」
「えー。・・・じゃあ、私は200本。」

最初にシュートの本数を決めて、ノルマが終わるまで打ち続ける。百合は部活が終わった後でも1日500本から、調子のいいときで600本は決めて帰る。だけど、唯にはまだそれだけのシュート力も体力もないので、せいぜい200本が限界だ。


はじめは、リングにボールが届くことすら難しかった。
でも、高校に入って走りこみをしたり、腹筋や腕立て伏せをして、唯にもだいぶ筋力がついてきた。
大切なのは、体の芯を感じて、足裏から指先までなめらかに力を連動させること。

ガコン
シュッ


唯のスリーポイントシュートは、必ずバックボードに当たってからリングの中に入る。

最初は連続で決まるシュートだが、中盤に入るとミスが多くなるのが唯の特徴だ。
まるで重力が増したみたいに、体が重たくなっていく。

ガンッ!

何度目かのシュートがはずれて、唯は溜め息をついた。
見かねた百合が近寄って来て、後ろから唯の肩をいきなり抑えつけた。

「あんたは、疲れて来ると脇が開いて、肩が回る癖があんのよ。腕だけで投げようとしない」
「わかってるけど・・・」
唯が口を尖らせて、跳ね返ってきたボールを拾った。


「なんで、唯はバックボードに当てるの?その分、無駄な距離を飛ばしてることになるのよ。」
「だって、その方が確実に入る気がする」
「まあ、そういう考え方もあるけど、あんまり美しくないのよねーそれじゃ。そろそろバックボードに頼るの、やめたら?」
「ええー?・・・はい・・・」

唯はしぶしぶ頷くと、膝を曲げてまたシュートを打った。
ガンッ!
ボールはリングの角に当たって跳ね返った。

「ほらやっぱり。」

唯が恨めしそうに百合を見た。バックボードを狙わずにいくと、シュートが決まらないのだ。
唯はバックボードを狙うほうが好きだ。

「ほらやっぱりはこっちの台詞よ。バックボードなしでシュートが入らないのは、ボールが綺麗な放物線を描いていないからよ。
手首が硬い。」

「え、」

「唯のボールは、ちょっと直線的すぎる。だから、バックボードに跳ね返らせるシュート方法が、今までは良かったんだと思うけどね。」
「でも、じゃあどうすれば?」
「だから、手首が悪い。」

百合は腰に手をあてて、ピシャリと言った。
唯が首をかしげる。

「手首?」
「そう。ボールが手から離れる瞬間、手首をもっとスナップさせてみな。ボールをフワっと飛ばす感じで」
「ふわ、っと。」

唯はボールを拾い、スリーポイントエリアに戻った。
地面を蹴って、膝から腰、肩、そして腕に力を連動させて、ボールが手から離れるのと同時に手首を返す。
ボールは驚くほど綺麗な放物線を描いて飛んで行った。

だが、今度はリングに届かず、ボールはコートにバウンドして転がって行った。

「肩が回ってる! 腕が閉まってないから、膝からの力がうまく伝わってない。手首は今のでいいから、もう一度やってみな」

百合の指導に熱が入った。・・・なんだか恐い。
唯はムッと膨れたものの、すぐにボールを拾ってスリーポイントエリアに戻った。

「いい、唯?足の裏から指先までが、ひとつのラインなのよ。
水が流れるように流動的に体のしなやかさを生かして。美しいフォームをマスターすれば、体格なんて問題じゃないんだから。」

「はい。」

唯は何度かドリブルをつくと、フウ、と呼吸を整えてボールを両手に掴んだ。
左手は、添えるだけ。
膝を曲げて、床を蹴る。体の芯に、ただ力を流して脇を締め、肩を固定する。

水が流れるように・・・。

手首を返すと、さっきとは違って、ボールが軽く感じた。
唯の手を離れたボールは、重力など感じないかのように、フワリと飛んで行った。

シュッ

ダン、ダンダン


ボールは音もなくネットをすり抜けて床に落ちた。

「ふん、まあまあね。」
百合はそれだけ言うと、満足したのか自分の練習に戻って行った。

唯は少し驚いて、床を転がって行くボールを見つめていた。
自分で打ったシュートとは思えないくらい、綺麗だ。こんな感覚は初めてだった。
まるでボールが体の一部みたいに・・・これは、楽しい。

「あ、ありがとうございます。百合さん」
「基本を忘れずにね。疲れているときこそ、基本が大事。試合で使えるようになるためには、あと何万本も打たないとダメよ、唯」
「はい!」


唯はボールを拾うと、百合に教えられた通りの、スリーポイントシュートの練習を再開した。
ボールがリングにもバックボードにも当たらずにリングをすり抜けていく感触は、とっても気持ちのいいものだった。
これが、百合さんのシュート。


「あの小さいの、フォームが良くなったな。」
桜木がちゃんと練習しているかどうかを見に戻ってきた赤木が、ふと、隣のコートを見て言った。

確かに、飲みこみが早い、と、流川もボールを指先で回しながら思った。

桜野、か。



股下にボールを通されたり、ドリブルボールをスティールされたり、ゴール前でプロレイアップシュートを決められたりと、
流川にとってはいろいろ、気に入らない奴だが、何よりも気に入らないのはどこか他に理由があるような気がする。

流川は無表情で、体育館を後にした。





2話へ続く