それから数分間、流川、赤木、三井、宮城、桜木が点を決めては、女子の神崎、宮内、恭の3人が確実に点を返し、
両者一歩もゆずらない点とり合戦が行われた。
だが、百合のスリーポイントが随所で決まり、点差はゆっくりとではあるが、確実に縮まりつつあった。
息も詰まる試合展開の中で、宮城は冷静に女子チームを分析していた。
4番の神崎雫は、女子にしては身長もパワーもあるセンター。赤木の旦那には劣るにしても、身のこなしは超一流。
よく旦那を抑えてるぜ。
5番の宮内夏見は、おそらくパワーフォワード。神崎と同じで、花道相手に負けねえガッツがある。
むしろ、プレイが熟練してるだけあって、ゴール下では動きが読めない恐い存在だ。
12番のチビとの連携プレイもいい。これは花道1人じゃ荷が重すぎるか。
11番の早川恭は、流川と同じスモールフォワードだな。女子にもこんな選手がいたとは、1年とは思えないぜ!まったく。
前半戦じゃ全然活躍してなかったくせに、後半になって急に動きがよくなりやがって。
おそらく12番のチビが入ったせいだな。シューターは、ガードによってその力を最大限に発揮できる。
8番の石田百合は、三井さんと同じスリーポイントシューター。っていうか俺と同じクラスの生意気女。
てっきりバスケは辞めたと思ってたが、なんで女子バスケ部にいるんだ?
とにかく、こいつのスリーポイントは抑えないとヤバイな。
そして、チビの12番。ドリブルとパスワークのセンスは見上げたもんだ。俺と同じポイントガードか。
コイツがボールを奪うことで、ゲームの流れが変わってきてる。
だが、このチビはまだ1度も自分でシュートを決めていない。
さすがにその身長では、赤木の旦那や桜木のブロックを越えてシュートを狙うのはキツイということだろう。
百合の放ったスリーポイントシュートが、三井の指先に触れて軌道をそれ、リングからこぼれた。
『リバウンド!!』
ゴール下でリバウンドを狙う赤木に対して、神崎と宮内が2人がかりで赤木をスクリーンアウトした。
恭が跳び上がり、リバウンドボールを掴んだ。
「赤木先輩が抑えられた!」
男子は流川と桜木がフリーだ。
ボールを掴んだものの、コートに着地した恭は瞬く間に赤木、流川、桜木の3人に囲まれた。
唯がすかさず、ボールをもらいに走った。
「恭!」
「唯」
低いバウンドパスが、敵の間をかすめて唯に届いた。
前傾姿勢でボールをキャッチした唯に、
「ぬおおおおおおおお!!!!!」
ボールを追いかけてきた桜木が跳びかかった。
「ばかっ、花道!!」
初心者の桜木は、勢いづいてすぐにファウルをしてしまう。
158センチの唯に188センチの桜木が跳びかかったら、唯は確実に潰れてしまう!
赤木、三井、宮城、流川が思わず息を飲んだ。
唯が身をかわしてバランスを崩しながら叫んだ。
「宮さん!頼みます」
そう言って唯がアンダーから投げ上げたボールは、はたからは高すぎるように見えた。
だがその時、ゴール下の人だかりの中から、宮内が一段と高く跳び上がり、空中でボールを掴むと、ダブルハンドでボールをリングに叩き込んだ。
ダーン!
「アリウープ!?」
「アリウープだ!!」
ベンチから驚きの声が上がった。
唯は宮内がダンクシュートを決めたのを見届けると、跳びかかって来た桜木花道の下敷きになって、床に倒れこんだ。
ダ―ん!!
2つの衝撃音が体育館に響き渡った。宮内がダンクを決めた音と、唯が桜木に押し倒されて床に倒れた音。
「唯!!」
「唯、大丈夫!?」
桜木が、唯の小さな体の上に馬乗りになっていた。
「・・・あ、わ、悪い。わざとじゃない!!」
「バカ、早くどいてやれ」
赤木が桜木のユニフォームの首根っこを掴んで引き上げた。
「唯、生きてる?」
「死んだんじゃねーか」
「バカ!縁起の悪いこと言わないでよ」
百合が三井を睨んだ。
「唯!目を開けて、しっかりして!」
神崎が倒れている唯の頬をぺちぺちと叩いた。
「レフリータイムアウト!」
と、審判役の1年、佐々岡が言い、時計を止めた。
唯はゆっくりと目を開いた。倒れた衝撃が激しくて意識が吹き飛びそうになったんだ。
「う、・・・大丈夫です。」
唯は服の埃をはらいながら、よろよろと立ち上がった。どこも痛くない。怪我はないみたいだ。
ただ、手が、フルフル震えた。
自分より30センチ以上も背の大きな男子に押しつぶされそうになったのは、生まれて初めての経験だ。
みんなが心配して見つめる中、
「へ、ヘヘ・・・、」
と、唯が奇妙に笑った。
そしていきなり桜木の腰にハイキックを入れた。
「ちょっと赤頭!今の、わざとでしょ!」
「い、いや!、わざとじゃない、わざとじゃないって!」
「はあ?わざとじゃないで、どうしてあんなレスラーみたいな跳びかかり方が出来るのよ。危ないわね!
男子と違って女子は体のつくりがキャシャなんだから、気をつけてもらわないと!」
チビの唯が、天井を見上げるように桜木に対して抗議していると、審判役の佐々岡が桜木を指さした。
「チャージング、赤10番」
「な! だから、わざとじゃないのにー!!」
「わざとじゃなくてもファウルはファウルだ、たわけが!」
赤木が桜木にゲンコツした。
唯は桜木には構わず、ぴょんぴょんと床を蹴って、走って行った。
「元気じゃねーかよ!あのチビっ、」
桜木が涙目で最後の抗議をしたが、誰も聞いていなかった。
「まあ、さっきのは桜木が悪いな。」
「それにしても、あのチビ。花道に潰されて無傷とは、案外とタフじゃねーの」
「実は、アンドロイドだったりしてな・・・」
「いや、三井さん、さすがにそれは、」
「いや、案外あるかもしれねーぜ? 皮を剥いだら中身はロボット、」
「ないない。ないっすよ。ないよなー、流川?」
宮城が流川に話を振ると、流川も無言でコクリと頷いた。
「SF映画の観すぎっすよ」
「む。なんか、お前に言われるとむかつくんだけど・・・」
得点は41対63
後半戦残り時間、13分。ここまでで百合が決めたスリーポイントシュートは4本。
百合は得点板を見上げた。
第3クオーターが終わる前に、あと3本は決めないと、この試合キツイな。
何といっても、唯に言われた11本のノルマは、最低でもクリアしないと後で何を言われるか・・・。
「唯、第3クオーターのラスト3分、もう少し打ってく。パスまわして」
「もちろんです。まだ4本しか決めてないじゃないですか、百合さん」
「生意気言うんじゃないのぉ。可愛くない子ね」
「えへへ」
それから、唯が3回連続でスティールに成功した。
最初は、ドリブルでゴール前まで走りこんできた宮城から。次は、流川とダブルで走りこんで来た三井から。
そして最後は、リバウンドボールを制した桜木から。そのすべてが、最終的には百合のスリーポイントシュートにつながった。
「リバウンドを制する者は、ゲームを制す!」
「花道!下、気をつけろ、行ったぞ!」
コートに着地した桜木の手から、一瞬で唯がボールを奪い取った。
パシンッ!
背の小さい唯は、まるで影のように、赤木、神崎、桜木、宮内、そして流川の下をくぐりぬけ、素早いドリブルでボールを外に運び出した。
唯はわざと威嚇するように、百合をマークしている三井に向かっていく。
「この野郎、やる気か」
「三井さん、そいつの挑発にのっちゃだめだ!」
「なっ!?」
引き付けられた三井をさらりと交わし、唯が百合にパスを回した。
そして自分は、百合にブロックがつかないように、三井と宮城のブロックラインに立つ。
「打たせるか!」
「少々強引でも、ここは決める!」
シュッ
カチッ
50対65
百合が高くジャンプして放ったスリーポイントシュートは、こうして3回連続で成功した。
「よし!これで15点差ね。」
「百合、ナイス!」
「あと4本ですね、百合姉さん」
唯は百合のスリーポイントの本数をいちいちチェックしていて、そのたびに「あと何本」、と言って楽しそうに百合にプレッシャーをかけた。
「わかってる。」
第3クオーターがそこで終了し、2分間のインターバルに入った。
勢いづく女子チームとは裏腹に、男子チームはイラついていた。
パスが思い通りに回らない。
いつもは何気なくやっているドリブルが、恐くなる。
「あの12番のスティールは、要注意ね。」
彩子がスコアボードを見ながらメンバーに言った。
宮城がそれに頷く。
「初心者の花道ならともかく、あの12番、俺や三井さんからもボールを奪っていく。」
「あの身長だ。きっと今まで、地べたを這うようなバスケをやってきたんだろう。目立たず、得点力としては働けないが、12番のプレイが、確実にチームを支えているんだ。」
赤木も関心したようにそう言うと、額の汗をタオルでぬぐった。
「どうするよ、ゴリ」
「まだ俺たちがリードしてるんだ、焦ることはない。だが、8番のスリーポイントを抑えないと、このゲーム、どうなるか分からんぞ」
赤木の言葉に、流川、宮城、三井、桜木が険しい顔を見合わせた。
そして、宮城が言った。
「12番のチビには得点力はないとみていい。事実、この試合でまだ1度もシュートしていないのはあの12番だけだ。
所詮チビはチビ、他のメンバーに打たせるのが上手いだけで、アイツ本人はゴール下じゃ恐くない。
だから、ゴール下では俺と三井さんで8番を確実に抑える。12番は捨てる。」
「それ、お前が言ってもあんまり説得力ないぞ、宮城。」
「み、三井さん、それどういう意味だよ?!」
「だって、お前もあのちびっ子と、大して身長変わらないじゃん、」
「んな!? 馬鹿言っちゃいけねえ、三井さん、俺のほうがどう見ても10センチは高い!!」
「そうかあ?」
「わかった!、りょうーちん。で、ゴール下は俺と、ゴリと、おまけの流川で、」
「誰がおまけだ、どあほう」
「中は、赤木の旦那と、流川、それに桜木の3人でゾーンディフェンスだ。12番が誰にもパスを出せずに、自らシュートに行ったとしても、こっちにはリバウンドがある。頼むぜ、花道。」
「運よく取ったリバウンドも、さっきはあっさり取られてたな、そういえば。」
と、流川が口をはさんだ。
「うっせーぞ流川!さっきのは、ちょっと、油断したんだ。それに、リバウンドは実力だ!何て言ったって、リバウンド王、・・」
「どうだか。」
「むッ!流川ぁてめぇ〜!」
「やめろ、2人とも!」
「いいかみんな、次1本、速攻で行くぞ。流川、チャンスがあればいつでもダンク、決めに行けや。赤木の旦那も、頼みますぜ。」
「おぅ、わかってる」
「うっす」
「赤木や流川だけじゃなく、俺にもパス回せよ、宮城。きめてやっから」
「頼りにしてますよ、三井さん」
「なッ!りょーちん、俺にもパース!」
「ほお。みんな、いい顔になってきた。」
普段はあまり会話もしない男子バスケ部が、今は試合に勝つために、ケンカ腰ながらも積極的に話し合っている。
その顔を見て、安西先生が、笑った。
「ほーっほっほ。」
次のページ