恋に落ちたマフィアと、アガサの古城 2ndシーズン 4-9


 インコントロ二日目の会合で、カモッラファミリーのマッテオは拳で会議机を叩いた。
「到底聞き入れられない! まるで南側が貧しいのは俺たちのせいだと言わんばかりだ。都合の良いように汚れ仕事ばかりを押し付けているくせに!」
 カモッラファミリーは130もの犯罪組織と6300人の組員を抱える大所帯のマフィアだ。ナポリを拠点に、ノストラ―ドやヌドランゲダとともに南側を支配している。

 すると今度は、シカ―リオファミリーのロレンゾが負けじと両手で机をぶち叩く。
「この際だからはっきり言うが、南側が貧しいのはお前たちのせいだ。いい加減、そのことに気づいてやり方を変えるべきだと言っているんだ! さもなければ……」
「さもなければ、なんだね」
 ヌドランゲダファミリーを治めるバルダザーレが苛立ちを露わに声を震わせた。
 ノストラ―ドとの結びつきが強く、150の犯罪組織と5200人の組員をもつヌドランゲダは、カモッラファミリーよりもさらに凶悪な南側マフィアの一つで、世界中に人身売買の手を広めている。
 サクラ・ウニータのブルーノが割って入る。
「吸い尽くせば国は丸ごと枯れてしまう。今の南側のやり方がまさしくそうじゃないかね。生かさず殺さずにやるのが賢いやり方だ」

「どこが問題なんだね? 我々こそが国そのものだ、なぜなら我々が他国の侵略からこの地を守り、代々受け継いできたのだからな。口出しはさせない。あくまでも我々のやり方で【支配する】」
 ヌドランゲダはあくまでも強硬な姿勢を崩さない。
 レディ・カルロッタの息子、ユニオン・コルスのカルロが口を開いた。
「時代は変わったのだ。今や我々もイタリア国家に属する存在だということを忘れてはならない。南側から北側への国内移民は増え続けている。このままでは南側の産業そのものが回らなくなるぞ。そうなれば君たちの郷土は荒れ、そのうち支配するものも無くなってしまうだろう。自分たちで畑を耕し、構成員に工場のベルトコンベアーで製造を行なわせるつもりなのか?」

 バルダザーレの表情にわずかな困惑が浮かんだのを見て、カルロは先を続けた。

「それがイヤなら、民を安心してそこに住まわせ、不自由なく生活をさせることだ。搾取するだけが【支配】ではない。時には与え、正しく循環させることが必要なんだ」

 レディー・カルロッタの息子、カルロに説き伏せられ、南側マフィアはおとなしくなった。
 ヌドランゲダとカモッラは、ノストラ―ドファミリーの新しい首領ルイ―ジオの意見を求めて目を向けた。
 ルイ―ジオは先ほどから窓の外ばかりを見ている。会合になどまるで興味がなさそうだったが、南側マフィアは今でもノストラ―ドに最大の敬意を払っている。
 幹部に肩をたたかれて、ルイ―ジオは回転椅子を会議机の方に向けた。
「北側の意見に賛成だよ。南側はより近代的な方法を獲得していくべきだ。ただし、北側のやり方に賛同するからには資金的な援助を依頼したい」

 その言葉を皮きりに、南側と北側マフィアの細かな交渉がスタートした。
 北側は南側に対して、ビジネスの指南をして、やるべきことと、やるべきでないことを承諾させた。
 その対価として当面の間、南側に対して必要な資金援助を約束した。
 住みやすい環境を整えるため、街角での暴力行為への対応や、ビジネスで得た利益の分配率に至るまで細かな取り決めが一つずつ文書に起こされた。
 この段階になると、フェデリコはとても上手く立ち回って、北側で最も多くの出資額を提示し、南側マフィアを納得させた。
 会合は長引き、ドラコはフェデリコの右腕となって必要な情報の提供を行ない、巧みな交渉で抜かりなく他のマフィアたちの足並みを揃えさせることに追われたので、昼食の時間になっても抜け出すことができなかった。

 窓の外から、プールサイドの楽しそうな声が聞こえてくる。
 婦人たちは、はじめは昼食をとりながら和やかに歓談をしているようだったが、やがて下手くそなイタリア語で水中バレーボールをしましょう! とみんなを誘っている声がした。――アガサだ。
 ほどなくして、ボールを打つ音と、キャッキャと叫びながら水しぶきを上げる婦人たちの楽しそうな声が聞こえてきて、むさ苦しい会議室で神経をすり減らしながら細かな交渉を行なっている男たちの間にも、いつしか和やかなムードが漂い始めた。婦人たちの存在はまるで、彼らが目指すべき平和の象徴のようだった。

「アルテミッズは小さなワイナリーを経営しているだけだろう。なぜそんなに金があるんだ? ドラッグか?」
 南側のマフィアはもちろん、同陣営の北側のマフィアでさえ、アルテミッズに莫大な資金力があることに気づいて度肝を抜いた。
「ドラッグも人身売買も違法賭博もやっていないよ。我々は汗を流し、賢く勤勉に、真っ当なビジネスをしているだけだ」
 フェデリコは答えた。
「違法なビジネスをするよりも、真っ当なビジネスをする方がリスクが少なく、上手くやれば多く稼げるものだ。ただし、【商才】があれば、の話だが」

 アルテミッズファミリーはイタリア本国で老舗のワイナリーを経営して稼いでいたが、ニューヨークとシンガポールでは株式で儲けていた。ドイツでは電子技術産業、モスクワとイギリスでは諜報活動が金になり、上海では不動産と輸送産業で莫大な利益を上げていた。さらに、最近ではドラコがロサンゼルスで公共事業を始めたので、アルテミッズファミリーの資産総額は一気に二倍に跳ね上がったほどだ。
 幸いなことに、アルテミッズファミリーの組員たちは皆よく稼いだ。そのくせ、フェデリコと同じように金に執着しない者たちばかりだった。なぜなら、金で解決できる問題はわずかしかなく、本当に大切なものは家族や仲間たちとの絆だということを彼らはよく知っていたからだ。

「だが、マフィアを名のるからには、殺しや暴力とは縁を切れないだろう?」
「確かに、無礼で理不尽なやり方をする輩を【排除】することはある。それに、ビジネスの邪魔になる愚かな者たちも同様に、退場いただくことはあるがな。私は部下たちに、常に謙虚であるように願い、犠牲を最小限にとどめるよう命じている。優秀な部下たちは、私の願いに忠実だ」

 フェデリコがせっかくいい話をしているのに、窓の外が騒がしくなった。
「今から白鳥の回転ジャンプを見せるわ! 見てて!」 ――またしてもアガサの声だ。
 ドボーン!
 水しぶきの音とともに、プールサイドの婦人たちが笑っている声がする。
「それのどこが白鳥なわけ? 恥ずかしいから早く上がりなさい!」
 エマの怒る声。
「そんなことを言うなら、あなたはさぞかし華麗に跳べるんでしょうね、エマヌエーラ」
 カルロッタ夫人の声だ。
 少しの沈黙の後、またアガサの声がした。
「エマ、頑張って!」
 ドボン!
「きゃあ! すごーい! 2回転はしたわよエマ! あなたオリンピックに出られるんじゃない!?」
「ふん、細っちょろい子たちが跳んでも大したことないわね、もっと凄いのを見せてあげる!」
 意外にもビッグ・マムの太い声がしたので、アリが気まずそうに特大チェアの中で身じろぎした。

 直後、ダイナマイトが水中で爆発したような音がした。
 ドッボオオおぉ――――ン!!
「きゃああああああ!!!」
 ご婦人たちが悲鳴を上げ、何が起きたのかと男たちがソワソワしだす中、悲鳴はたちまちゲラゲラとした笑い声に変わった。
 アガサが叫んでいる。
「すごいわ、ビッグ・マム! 大津波ね。プールの水が半分もなくなっちゃったあ!」

 プッ、とルイスが吹き出した。
 会議室では今まさに、7大ファミリーのボスたちが誓約書に血のサインをしようとしているところだった。
 ニコライがルイスの脇腹を肘で突いて黙らせたが、当のニコライも片手を口元に当て、苦しそうに笑いをこらえているのは明らかだ。

 フェデリコが咳払いをした。
「これをもって、本日より我らの新しい【血の掟】とする。裏切者には、死を」
「「「「「「『裏切者には、死を』」」」」」」
 午後4時過ぎに、会合は無事に終了した。

 会合が終わるとドラコは真っ先にプールに向かった。
 アガサはプールサイドの寝椅子の上で、形のいい手足を無防備に投げ出して、遊び疲れた子どものように眠っていた。
 顔には大きなサングラスをかけている。
 オレンジ色のストライプ柄のワンピースの水着を着たアガサは、いつもより肉感的でムチムチして見えた。熟した果実みたいだ。
 ドラコは他の男たちが来る前にアガサの体にバスタオルをかけた。

「ドラコ……」
 アガサがサングラスを頭に上げて、眩しそうに目を開けた。
「会合は終わったの?」
「うん、終わったよ。そっちはイイ子にしていたのか?」
 プールサイドは水浸しで、プールの中の水は本当に半分くらい無くなっているのをドラコは素早く見てとった。
 ちょっと前まで大騒ぎして遊んでいたはずなのに、今ではご婦人たちは何事もなかったかのように皆、優雅にお茶を飲んだり、寝転んだりしている。

「ウーゾの人たちが、会合が終わるまで私たちはここに居なくちゃダメだと言うので、みんな退屈しちゃって。でも結局、楽しい時間を過ごすことができたわ。いい運動にもなったし」
「そのようだな」
 他の男たちが続々とプールサイドに集まって来たので、ドラコはアガサに手をかして寝椅子から起き上がらせ、素早くローブを着せた。
「私たちは希望通りダーツをやることになったわ。夜8時に、みんな娯楽室に集合だって」
「そうか。その前に何か食べたい。腹ペコだよ」
「ガーデンで夕飯を食べられるわ。部屋でシャワーを浴びたらすぐ行くわ。あなたは先に行っていて」
「いや、俺もシャワーを浴びたい。今日はとてもイヤな汗をかいたから。そうだな、5時半にアーチの広間に迎えに行くよ」
「イヤな汗って、どうして? ドラコ、何かあったの?」
 ドラコは、会合の間中、他のファミリーの男たちがアガサに注目し、いろいろ尋ねてきたことを言わないことにした。
 結婚して何年? 彼女とはどこで知り合ったんだ? 子どもは何人? ルイ―ジオだけでなく、多くの男たちがなぜかアガサに興味を抱いているようだったのだ。
「深刻な話をしている会議室に、君たちがプールで楽しそうにしている声が聞こえてきて、冷や汗をかかせられたってだけだ。心配ないよ」
「嘘! 聞こえてたの? ごめんなさい。まさかそんな近くにあなたたちが居たとは思いもしなくて、ああどうしよう……恥ずかしいわ」

 ドラコはアガサの肩を抱いて、アーチの広間まで送り届けてくれた。
「疲れているでしょうから、送り迎えはいいのに。あなたはちょっと過保護じゃないかって、他のご夫人たちは思っているみたいなんだけど」
 アガサがドラコの頬にキスをすると、不満そうな顔をされた。
 顎を掴まれ、ちゃんと唇にキスをし直される。
「新婚だからって言ってやれよ。ところで、今夜は何を着る予定?」
「シャンパンカラーのシンプルなディナードレスを着るわ」
「背中は出ない?」
「出ないわ。ブイネックの、ノースリーブよ」
 それを聞いてドラコは少し安心したようだった。だが、その後に「セクシーな下着はつける?」、と聞かれたので「いいえ」、と答えると、明らかに残念そうな顔をして帰って行った。
 昨晩はあれほど情熱的にアガサのことをやりこめて楽しんでいたくせに、まだ足りないのかしら、と、アガサは呆れて肩をすくめた。





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