恋に落ちたマフィアと、アガサの古城 2ndシーズン 4-10
シャワーを浴びたドラコは、上下揃いのピークドラペルのダークスーツに、ノータイというカジュアルな恰好で部屋を出た。ワインレッドのポケットチーフをふんわりパフ折りにしている。
アガサのいる塔の方へゆっくりと進んでいくと、廊下の途中でフェデリコが待ち構えていた。
白いスーツに琥珀のループタイをしめている涼し気なスタイルのフェデリコは、息子を叱るようにいきなりドラコを小突いた。
「会合の後に真っ先に出ていくやつがあるか、この大馬鹿者」
「何か問題でも?」
ドラコは敬意を表してボスの背中に手をまわし、ゆっくりとエスコートして一緒に歩いた。
「お前のせいで、我々がスペインの魔女を探しに行くことになったぞ」
「一体なんのことですか?」
「ヌドランゲダが人身売買を行ない、少女にまで売春をやらせていることは知っているだろう。ルイ―ジオはその悪行に早急に介入すべきだと考えていて、我々に協力を求めてきたのだ」
「それとスペインの魔女がどう関係するのですか?」
「今から10年前に、ヌドランゲダがインドからある少女を誘拐してスペインに売り渡した。後に、その少女はインド王家の血族であることが判明し、王家はその娘を取り戻そうと躍起になっている。もし我々の手で娘を連れ帰ることができれば、インドで行なわれているヌドランゲダの売春業に国家規模の手入れをしてくれると、インド王室は約束してくれたらしい。――すでにインドでは、ヌドランゲダの手に負えないほど売春業が無秩序に一人歩きしている。悪行を清算する時がきたのだ」
「なるほど、王家のさらわれた少女がスペインの魔女だというんですね」
「さよう。サルバトーレはこの数年間、少女の行方を探し続けていたらしい。ルイ―ジオは、アルテミッズがサルバトーレの命を奪ったのだから、その遺志を継いで少女探しを手伝えというのだ。お前にはアガサと一緒にスペインに飛び、魔女と呼ばれるその女に会ってきてもらいたい」
「他に頼めないんですか? 俺たちには小さな子どもたちがいるのに。それに、どうしてアガサまで一緒に行く必要があるんです」
フェデリコのガラス色の目がキラリと光った。
「会合の後に真っ先にいなくなるからこういうことになるのだ。――スペインの魔女は怪しげな魔術を使い、男を巧みにたぶらかすという。すでにノストラ―ドの男が3人行方をくらませているそうだ。魔女は男を憎み狂気に追い込むようだから、信仰に厚い妻をお守りとして連れて行った方がいいだろう」
「男じゃなきゃダメなんですか? エマがいるでしょう」
「あの子は、お前たちがスペインに行っている間に子どもたちとゆっくり過ごしたいと言っている。モーレックとマリオとラルフとな。――本当に可愛い子たちだ。年に一度しか会えないことを寂しがっているよ。ドラコ、今さら文句を言っても遅いのだ、会合の後、全員一致でお前に決めたのだからな」
「ひどいですね。欠席裁判みたいだ」
「その通り。だがな、お前とアガサは新婚旅行もまだだろう。良い機会だから、夫婦水入らずで楽しんでくるといい。それほど危険はないさ」
「男をたぶらかす魔女の元に【いたいけ】な俺を送り込むのに、危険がないですって? アガサと相談させてください」
「説得しろ」
「何でも思い通りになるわけじゃないんですよ、俺の妻は」
「ふやけおって」
フェデリコは、ドラコのことをミルクに浸かってふやけたチョコチップクッキーだと罵った。
「それとな、今夜のゲームはインコントロ内の力関係を可視化するものになるだろう。ウーゾ公認でベットが行なわれるようだから、気を抜くなよ」
ベットとはいわゆる賭けのことで、賭けられるのは主に【互いの要求】だ。
申し込まれたら断ることはできない。
アガサが初めて白雄鶏の館に訪れたとき、イデリコとキッチンの使用権をかけてベットを行なったことがあった。かわりに、イデリコはアガサと一晩過ごすことを求め、機転を利かせたアガサが全身マッサージに要求を切り替えさせたが、あれはドラコにとって苦い記憶だ。
「我々に、下手なベットを申し込めば痛い目に合うということを思い知らせてやる必要があるが、今夜ばかりは動きが読めん。非合理なベットを申し込まれて厳しい闘いになることを覚悟しろ。ルイ―ジオがお前の妻に何か仕掛けてこなければいいが」
ドラコは当然、そのことを想定していた。気を抜くつもりはない。
「うちから他の組織に要求するベットは?」
「そんなものあるものか。だが、もしベットを申し込まれたら、その場で何か適当な要求を返して良いと皆にも伝えてある」
「わかりました」
ドラコはニコリと微笑んでフェデリコと分かれた。
アルテミッズは夕食の後で、ゲームナイトの会場となる娯楽室の前で合流することになっている。
◇
アーチの階段の下の広場にはスリムなディナードレスに身を包んだ婦人たちが溢れていた。
多くのレディーたちがドラコに気づくと愛想よく微笑みかけてくれ、中には誘惑的に擦り寄ってくる若い娘もいた。
それらをそつなく受け流しながら、アガサを探してご婦人たちの間をゆっくりと進んでいくと、背後で呼ぶ声がした。
声のした方に視線を向けると、アガサが人ごみの間を縫ってこちらに歩いてくるのが見えた。
シャンパンカラーのシンプルなドレスと聞いていたが、たっぷりドレープの入ったマーメイドラインのロングドレスは、幾千ものビジューで輝いていた。華奢な体の凹凸がはっきりと浮き出る薄いシフォンの生地が、透けているのかと思うほど繊細にアガサの体を覆っている。胸の膨らみや腰のくびれ、脚のラインが、動くたびに躍動しているのが見てとれる。
ノースリーブの襟元から、マシュマロのような胸の谷間が控えめに出ていた。
アガサにしては、襟の深いドレスに、ドラコは内心わずかに動揺した。
「ゴージャスだな……」
ドラコはアガサにキスをして、彼女の髪を撫でた。
黒くて艶のある長い髪は、ゆるやかに編まれて背中に流されている。
ドレスアップした妻を腕の中に抱いた瞬間は、周囲にいる他の人間の存在も、音も、ドラコには遠く感じられた。
メイクは控えめで、自然で瑞々しい肌がひきたっている。唇だけが薔薇のように華やかだった。ドラコはもう一度アガサにキスをした。
「もう行かなくちゃ」
「……うん。でも、それで本当にセクシーな下着をつけていないのか?」
肩を抱いて歩きながら、ドラコは期待を込めてアガサの耳元でもう一度確認した。
するとアガサは頷き、ドラコの耳に囁き返した。
「ええ、そうよ。今夜はこの下に【何も】つけていないの」
ドラコは言葉を失い、困った顔でアガサを見つめた。
だが、アガサは別にドラコを誘惑しようとしたわけではなかった。ただ、ドレスが体にピッタリしているので下着をつけるとどうしてもパンティラインが出てしまうから、つけなかっただけだったのだ。
ガーデンで早めの夕食を終えてゲームナイトの会場に移動すると、娯楽室の前で、フェデリコと他の11人の幹部たちとエマ、それにアリの妻ビッグ・マムと、ベドウィルの妻マーガレット、チャンの妻リンリンが勢ぞろいしてドラコとアガサの合流を待っていた。
エマはショルダーストラップのついた黒いロングドレスを、ビッグ・マムはダークシルバーのビジュードレスをシックに身に纏い、マーガレットはクラシックローズピンクの華やかなドレススーツを、リンリンは深緑色のチャイナドレスを大胆に着こなしていた。みな美しく、アルテミッズファミリーの女たちに相応しく堂々としていた。
ドラコとアガサがその中に加わると、ニコライが左に、アーベイが右側に立った。前にはフェデリコとエマが立ち、周囲を独身の幹部たちが取り囲んだ。
最後尾に一番体の大きいアリとビッグ・マムが続く。
背の高いアルテミッズファミリーの幹部たちが、何故か壁のようにアガサを囲んで歩くので、娯楽室に入ってからもアガサは周囲の状況が全然見渡せなかったほどだ。
はじめにボックスの観覧席に案内され、テーブルカードをする仲間たちだけが、赤いカーペットの敷かれた重厚なゲームエリアに出て行った。
「ダーツは一番最後です」
ジョーイがドラコに耳打ちした。
テーブルカードはポーカーとブラックジャックだった。
フェデリコとイデリコ、ベドウィルとマーガレット、アリとビッグ・マムがポーカーのテーブルに、ジョバンニとアレッサンドロ、ルイスとフォンがブラックジャックのテーブルについた。
それぞれが別のテーブルで、他のマフィアと勝負する。
ディーラーはウーゾが努め、一見、どのテーブルでも和やかに談話しながら平和的にゲームが進んでいるように見えた。
階段式のボックス席から、アガサとドラコ、ジョーイ、エマ、ニコライ、アーベイ、チャン夫妻がその様子を見守っていたが、しばらくするとアーベイが言った。
「今夜はカードの運がないようだな」
「ツキがないときは、チップコントロールでしのぐしかない。でも、ルイスとフォンのペアは好調みたいだよ」
チャンが言うと、ニコライが続けた。
「幸い、カードカウンティングが有効みたいだからねえ。ルイスの記憶力は異常なんだよ」
「それならフォンとは相性がいいな。フォンはベーシックストラテジー、つまり、常に確率的に最適な解を好む。あいつは運に頼るのは嫌いなんだ。おっと、もう勝負がついたみたいだぞ」
フォンとルイスが立ち上がり、相手をしていたサクラ・ウニータの二人と握手を交わした。
ゲームナイトでは、それぞれの組織が合計10万ユーロを賭け金にゲームに参加している。
テーブルゲーム、ビリヤード、ポーカーの3種目すべてが終わったときに残金が最も多かったファミリーの勝ちだ。
勝敗は運ではない。ゲームで勝つことはすなわち、知恵と戦略と技能の証明となり、今後の組織的活動のアドバンテージともなる。
ホールに設置された巨大な電光掲示板に、各組織の残金が表示されている。
アルテミッズファミリーはフォンとルイスのチームが勝ったので、今のところ暫定1位だ。
「今夜はツキがない、それは間違いないよ」
フォンがルイスとともに観戦用のボックス席に戻って来た。
「ツキがないことを前提にジョバンニとアレッサンドロはなんとか軌道修正しようとしてるが、そのせいでセオリーから外れた選択をしているんだ。多分、あの二人は負けると思う」
もちろん、ジョバンニとアレッサンドロもカードカウンティングができるから、確率的に安全策を取り続けることもできるはずだった。だが、実際テーブルにつくと法則から外れた選択をしてしまいたくなるのが人の常だし、ツキがないときは焦って余計にその傾向が強くなる。
ルイスが同情したように言った。
「相手が悪いですよ、ユニオン・コルスのレディー・カルロッタとカルロのペアはいくらあの二人でも手強いです。それに、餌をもらえなかった犬の話をしてジョバンニとアレッサンドロを動揺させていましたし」
ユニオン・コルスはコルシカ島でカジノ経営をして儲けている。
場慣れているし、ゲームテクニックはもちろん、駆け引きも得意だから、対戦相手を精神的に動揺させることなど容易いだろう。
しかも、ジョバンニとアレッサンドロは大の愛犬家だ。
「うわあ、大負けだな」
ジョバンニとアレッサンドロが席を立っとき、電光掲示板の数字が動いてアルテミッズファミリーの順位は7大ファミリー中で一気に3位まで転落した。
「あの性悪のクソ婆……」
不機嫌な二人がボックス席に戻って来た。
「犬にわざと餌をやらずに、仔犬を食わせているというんだ。次から次に産むから、その方が餌の節約になるし、気性の荒い優秀な番犬ができるんだと」
「キチガイ婆め。警察に通報してやる」
赤らめた顔を強張らせて怒りを露わにするジョバンニとアレッサンドロに、ニコライが優しく声をかけた。
「多分それ、引っ搔けられたんだよ。レディー・カルロッタは動物愛護団体のスポンサーを務めているんだ。彼女は人間よりも動物を愛しているんじゃないかと思うくらい熱心な活動家だ。引退した競馬馬や、捨てられた犬たちをたくさん保護しているし、海洋生物を守るために、大西洋のプラスチック回収にも財産を注ぎ込んでいる。それに僕は去年、コルシカ島に行ったんだけどねえ、可愛らしくて人懐っこい犬たちが、ユニオン・コルスの広い敷地で楽しそうに過ごしていたよ」
「なんでそんなことまで知っているんだ?」
ニコライがアルテミッズファミリーの中で重要な諜報活動を任されていることは幹部たち全員が知っていたが、それにしても情報が細かいことに皆驚いた。
「まあ、【知る】のが僕の仕事だし、ドンに命じられて、イタリアの強豪他者については常にリサーチをしているからね。それこそ、くだらないと思えることまで何もかも、ねえ」
騙されたと知って、ジョバンニとアレッサンドロはガックリと肩を落とした。
可愛い犬たちが虐待されていないことには安堵したが、レディー・カルロッタが性悪婆であることに間違いはない。
「犬を飼っているかと聞かれて、うっかりラジャーの話をしたからだ……」、と、アレッサンドロがぼやいた。
ラジャーというのは、フェデリコの愛犬のブルテリアだ。白い短毛犬種で、額に大きな黒いハートの模様がある。
「そういえば、白雄鶏の館でその犬を見たことがないわ。普段はどこにいるの?」
アガサが聞くと、アレッサンドロが答えた。
「ああ、君たちが来るときは、噛んだらいけないからとフェデリコの命令で別棟に移してあるんだ」
「噛み癖のある仔なの?」
「ないけど、一応は闘犬だからな。小さな子どもを噛んだらひとたまりもないだろう」
「子どもたちは犬を飼いたがっているのよ。帰ったら是非、ラジャーに会わせてもらいたいわ。私も犬は大好きなの」
「ならフェデリコに聞いてみるといい」
帰る楽しみが一つ増えて、アガサはわくわくした。きっと子どもたちも喜ぶだろう。
その時、ポーカーテーブルでアリとビッグ・マムが立ち上がった。相手をしていたシカ―リオと、互いを褒め称えるような穏やかな握手をしている。
どうやらアリ夫妻が勝利したようだが、電光掲示板の順位は変わらなかった。現在のところ、ノストラ―ドが1位、ユニオン・コルスが2位、アルテミッズが3位だ。
その後、ベドウィルとマーガレットもゲームを終えた。相手はヌドランゲダの首領バルダザーレとその妻だ。勝負は引き分けになったようだが、ベドウィルとマーガレットの表情は硬かった。
「人の皮をかぶった怪物だな」
ボックス席に戻ってきたベドウィルが、対戦相手のバルダザーレをそう揶揄した。イギリス紳士のベドウィルは、めったに他人の悪口を言うことはない。
「おぞましいことに、バルダザーレは私にベットを申込み、子どもを求めてきたよ。プラチナブロンドで、水色の目をした3歳くらいの男児が裏社会で多額の懸賞にかけられているそうだ。イギリスにならそんな子どもがたくさんいるだろうと言ってな。実は、ヌドランゲダが少し前からイギリスとモスクワの間を行き来していることは掴んでいた。客は、【モスクワ】にいると見て間違いないだろう」
ベドウィルはあえてブラトヴァの名を伏せてそう言った。
おそらく、ブラトヴァのボスがモーレックを探しているのだ、と、幹部たちは皆気づいた。
「代わりに我々は、ヌドランゲダが持っている人身売買の顧客リストを求めた。もちろん、連中のおぞましい生業を潰すためで、できればリスクを負っても勝ちに行きたかったが、今回ばかりは負けることは許されないと判断したので、重要な局面で勝負に出ることはできなかった。何といっても、今夜はカードのツキが最悪だったのでね。ゲームの終わりに、バルダザーレは私を『腰抜けだ』、と言って笑ったよよ」
隣にいるマーガレットが何も言わずに、ベドウィルの手を握った。
いつも穏やかで淑女らしく柔らかな表情をしているマーガレットが、この時は怒りに燃えた悲し気な目をしていた。
「何と言われようと、致命的な負けを防いだ。それを誇るべきだ」
ジョバンニがベドウィルの肩をたたき、夫婦の検討を称えた。
「すまない」
「気にするなベドウィル、最終的にファミリーが勝てば今夜は御の字だ。ヌドランゲダは近いうちに制裁を受けるだろう」
アレッサンドロが言うと、「大きな負けをしょった奴がよく言う」、とドラコがわざと神経を逆なですることを言った。
アガサは席を移動して、マーガレットの隣に座ってドリンクを差し出した。精神的なストレスとショックで、マーガレットは酷く顔色が悪かった。
「大変だったわね、マーガレット。温かくて甘い紅茶をどうぞ。本当にお疲れ様」
「とても気分の悪くなる方たちだったの。でも、主人は最善の選択をしたのよ。あなたのお子さんも、ヌドランゲダが探しているのと同じような外見と年齢をしているでしょ、アガサ。だから私、気が気じゃなくて……」
「その通りだわ、マーガレット、あなたのご主人は子どもたちを守る勇敢な選択をしてくださったのね。私たちの息子のことを心配してくれて、ありがとう」
アガサに抱きしめられて、マーガレットの頬に少しずつ血色が戻り始めた。
「南側は結託してノストラ―ドを勝たせようとしているようだ。北側の連中もそれに気づき始めていて、アルテミッズに勝ちを譲るべきかと、シカ―リオに聞かれたが、俺はゲームは楽しくやりたいんでね、小細工はなしでやろうと言った。でも、よかったかな」
アリが電光掲示板の順位を見て少し心配そうに言った。順位は変わらないが、1位のノストラ―ドの保有金額が増え続けている。
ボックス席にいた幹部たちは口々にアリに同意した。
「どのみち他の組織に譲らせて勝つようでは、いずれ足元をすくわれるだろうさ。アルテミッズはシンプルに実力で勝つ、それでいいんだよな?」
ジョバンニがドラコに視線を送った。
「ああ、それでいい。ただし勝っても負けても、盛大に【愉しむ】のが俺たちの流儀だ。思い知らせてやるんだ、誰が一番狂っているのかを」
カモッラファミリーの首領マッテオとその部下のペアと対戦していたフェデリコとイデリコのゲームが終わった。
その瞬間、アルテミッズファミリーの順位が最下位に転落した。
「嘘だろ、なんで」
「一体なにがあったんだ?」
「父さんがポーカーで大敗するなんて珍しい。きっと何か裏があるはずよ」
ルイス、ジョーイ、エマが狼狽える中、ドラコはほくそ笑んだ。
「おおかた、我らがドンは退屈したんだろうさ。悪い癖が出たんだよ」
ボックス席に戻ってきたフェデリコは疲れた様子で、一言だけぼやいた。「退屈なゲームだった」、と。
訝しがる幹部たちの視線を受けて、イデリコが無表情に訳を説明した。
「カモッラのマッテオがいろいろと細かい要求をしてくるもんで、兄者は3倍の掛け金をかけてわざと負けたんだ。『くだらない勝負に付き合うつもりはない、勝ちを譲ってやるが二度と再び同じ要求を繰り返すな』、とな。そして、どうせアルテミッズが1位になると断言までした。もしそうならなければ、我々はカモッラの要求をすべて受入れなければならない」
「カモッラの要求とは?」
アレッサンドロが尋ねると、フェデリコはうんざりしたように言った。
「ピエモンテの家、土地、部下たち、すべてだ……奴らの手に負える代物ではないというのに、馬鹿な話だよまったく」
「え……、我々が1位にならなければ、それらをすべてカモッラに渡すと? しかもその後で、3倍の掛け金にしてわざとカモッラに負けたのですか?」
「そうだよ。7位から巻き返しの1位をとらんと、面白くないからな。心配はしていない、お前たちはどうせ勝つのだから」
皆が言葉を失い、助けを求めてドラコを見た。
するとドラコは少しも表情を崩さずにフェデリコに返した。
「3倍とは、随分と弱気に出たものですね。歳は取りたくないものだ……」
ドラコに言われて、フェデリコはいじけた芋虫のようにボックス席の椅子の中でふんぞり返った。
電光掲示板の順位は、ノストラ―ドが1位、カモッラが2位、ユニオン・コルスが3位となっていた。隣のボックス席から、ユニオン・コルスのレディー・カルロッタの鋭い視線が飛んできて、その目が「どういうつもりなの!?」、と言っているようだった。会場内にどよめきが走る。
「面白くなってきたじゃないか」
ドラコが不敵な笑みを浮かべた。
その隣で、アガサは夫の新たな一面に気づき、別の意味で微笑んでいた。――ドラコは追い詰められるのが好きみたいだ。
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