恋に落ちたマフィアと、アガサの古城 2ndシーズン 3-8
アイドルハワーキャンプ場の入口広場で、モーレックはマリオと手を繋いでアガサを待っていた。
早めに到着した親たちが、続々と子どもたちを連れて帰途についている中、モーレックはママを探して周囲を見回した。
「モーレック、マリオ」
「ぱぱあ!」
名前を呼ばれて、マリオがドラコに気づいた。
モーレックも声のした方に顔を向けるが、ママがいないので少しがっかりする。
「ママは?」
「家でババロアを作って待っているよ。今日はパパも仕事を休んだから、代わりに迎えに来たんだ」
ドラコは二人の息子をまじまじと観察して微笑んだ。
二人とも昨日と同じ服を着ているが、ぴかぴかだった服のあちこちに泥がついて、小さな探検家の姿がサマになっている。
「楽しかったか?」
「うん、すごく! 見たこともない灰色のちいさなトリをみたんだ。こうやって鳴くんだよ」
そう言って、モーレックはマリオに目配せした。二人は息を合わせて肩でリズムを取りながら大きな声を出した。
『チードルチードルちー? ……チードルチードルちゅー!』
周囲の大人たちがニコニコとモーレックとマリオに視線を向けてくるが、二人は夢中になってドラコに鳥のことを説明しようとしている。
「ぼくが見たかったやつだよ、ぱぱ」
どうやら、モーレックが見たがっていた絶滅危惧種の鳴鳥を無事に観られたようなので、ドラコは嬉しく思う。
「ママもきっと喜ぶよ。帰ったら二人でその鳥の鳴き声をもう一度聞かせてやるといい」
「うん!」
「あう!」
モーレックとマリオが同時に頷いた。
「あとね、川でこれをひろったんだ。ママにあげる」
そう言って、モーレックはマリオと手を繋いでいない方の手を開いて、パパに見せた。
土で汚れた小さな手のひらに、白くてツルンとした楕円形の石がのっていた。
「パパに見せてくれ」
ドラコはそれを、手に持って見せてもらった。吐く息が白くなるほど寒いのに、その石は温かかった。きっと、モーレックが大切に握り続けていたからだろう。
「ママに渡すまで、落とさないようにしっかり持っているんだぞ」
「うん」
石を返すと、モーレックはまた、大切そうにそれを握りしめた。
「まりおもお!」
「マリオも石を見つけたのかい?」
だが、マリオは首を横に振る。
「マリオは枝をみつけたよ。よるはそれでマシュマロをやいて、そのあと、リックぼくしがマリオのリュックにしまってくれたんだ」
「それもママにあげるのか?」
マリオは誇らしそうな、とびきりの笑顔を浮かべた。
「パパには?」
思わず子どもたちに聞いてしまうと、モーレックは子どもながらに、少し気まずそうな顔をした。
「ごめんね、パパ。ママがくると思ったから、パパのことはわすれていたんだ。ぼくがわるかったよ」
モーレックが泣いてしまいそうだったので、ドラコは息子を優しく抱きしめた。
「いいんだよモーレック。お前たちが立派に帰ってきて嬉しいよ。パパの石と枝は、また次にキャンプに行ったときに見つけてくれればいいから、気にしなくていい」
「うん、かならずそうするよ」
リック牧師にお礼の挨拶をして、ドラコは息子たちをフォードに乗せた。
後部座席の真ん中のチャイルドシートにモーレックが、その右側にマリオ、左側にラルフのシートがセットされている。
モーレックはシートに座ると自分でベルトのフックをかけることができるが、ドラコはマリオのベルトを絞めてから、必ずモーレックのベルトも念入りにチェックした。
「きつくないか?」
「うん」
ゴリヤノヴォの孤児院から引き取ったばかりの頃は骨と皮だけの痩せた赤ん坊だったのに、今ではモーレックは丸々とした子どもになっていて、クリームパンのような手と、突き出たお腹と、下を向くと二重になる顎はいかにも子どもらしい体型で、モーレックは天使のように可愛らしかった。同じようにマリオも丸々として可愛らしいが、モーレックのようにおっとりとした雰囲気とは違って、マリオの方はいつも何かを企んでいるようなヤンチャな、危なっかしい雰囲気を漂わせていた。
帰りに中川夫妻の家に寄って、ラルフをピックアップした。
「手のかからない、とてもおとなしい赤ちゃんね」、と中川夫人は褒めてくれた。
アガサからのお礼の品を差し出すと、それが日本の抹茶だと知って夫人はとても喜んでくれた。
中川夫妻にあらためて感謝を述べて、ドラコは古城への帰途についた。
◇
古城の玄関前の車寄せにフォードを止めると、エンジンを切る前にアガサが玄関から出てきた。
「ママ!」
「ままあ!」
モーレックとマリオが興奮してチャイルドシートから抜け出そうともぞもぞし始める。
アガサが助手席側の後部座席のドアを開けると、マリオが感極まって泣き出した。
「おかえりなさい、ママの坊やたち!」
アガサは子どもたちを一人ずつ車から抱き下ろすと、涙を浮かべながら二人の息子たちをギューッと強く抱き寄せた。
「どこにも怪我をしなかった?」
「ケガはないけど、マリオはタイガーロックにのぼって、リックぼくしにおこられたんだよ。ねんしょうぐみは、のぼっちゃいけないことになってたんだ」
「モーレックは登らなかったのか?」
トランクから子どもたちのリュックと寝袋をおろしながらドラコが尋ねた。
「ほんとうは、ぼくものぼりたかったよ」
残念そうにモーレックは呟いた。
「タイガーロックはつるつるしていて、とてもすべりやすいんだって。だから6才になるまではのぼっちゃダメらしいんだ」
「でも、マリオは登れたの? まだ1才なのに」
「ロンて子がおもらしをしたときに、せんせいたちがおおあわてになって、マリオはそのすきにのぼったんだ。でも、とちゅうで頭から落ちて、鼻からいっぱい、チがでたよ」
「え……」
「それで、ねんしょうぐみはみんな登りたがってたけど、やっぱりあきらめることにしたんだ」
アガサはチャイルドシートからラルフを抱き上げてから、急いでマリオの前にかがみこんだ。マリオの小さな顔を手でつかんで、目をのぞき込み、ついで鼻や口の中を覗き込もうとした。
されるがままにやられているマリオは、へらへらして、ママに両手を広げた。
「だーっこ」
「マリオ……、あなた本当に、大丈夫なんでしょうね」
すでにラルフを抱いているが、首にしがみついてくるマリオを、アガサは片腕でよいしょと抱き上げた。アガサは意外に力持ちだ。
「ちーどる……ちー? ちーどる、ちゅー!」
マリオがアガサに必死に何かを訴えいる。
モーレックが後を引き継いで鳴鳥の真似をした。
「チードルチードルちー? チードルチードルちゅー!」
「ああ、リースベレズビレオね。見れたの?」
「うん! こんなに小さかったよ」
モーレックは両手で間隔をつくり、その鳥の大きさをママに示して見せた。
それからモーレックはパパから自分のリュックを受け取ると、弟の分も自分が持つと言って、それを受け取った。
二つのリュックを両手からさげて、モーレックはよれよれしながら古城に入って行った。
「洗濯をするから、汚れものはすぐに出してね」
「そのまえにママにあげたいものがあるんだ」
例の石をママにあげるんだな、と、思ったので、ドラコもその顛末を見届けることにした。ありふれた白い石をもらって、アガサがどんな反応をするかが楽しみだった。しかもその後には、マリオから小枝をもらうことになるだろう。
リビングに落ち着くと、モーレックはさっそく手の中の小石をママに差し出した。
それを見た瞬間、アガサは息を呑んで両手を合わせた。
「これを、ママに……?」
「そうだよ。川でみつけたんだ、きれいだから、ママにあげようとおもったんだ」
「モーレック……」
アガサは両手で小石を受け取ると、しげしげとその石を眺めた。
「なんて綺麗なの。これは多分、結晶質の石灰石ね。自然界でこんなに丸く研磨されているのは珍しいわ。でも、そうじゃなくても、あなたがママのためにこれを見つけてくれたことが、とても嬉しいわ、モーレック。ありがとう、一生大切にするわね」
アガサはモーレックの口にチュッとキスをした。
すごく嬉しいだろうに、モーレックは照れてママにしがみ付いて顔を隠した。
「マリオも、君にプレゼントがあるらしいよ」
ドラコはマリオのリュックをアガサに顎で示した。
アガサがそれを開けて、中から小枝を見つける。先をナイフか何かで削って尖らせた、箸のような小枝だ。
「これは?」
マリオが自信満々にママを見ている。
「マシュマロをたべるのにつかったぼうだよ。マリオはそれをとてもきにいって、ママにプレゼントすることにしたんだよ」
「まあ! マリオ、あなたはこれでマシュマロを食べたの?」
「あう」
「これをママにくれるの、本当に?」
「あう!」
「ああ、マリオ……」
アガサは大爆笑して、マリオの口にもチュッとキスをした。プリンセスのハートを射止めた王子様のように、マリオは誇らしげだ。
「一生の思い出になるプレゼントね。ありがとう、マリオ。ママの宝物にするわ」
その日はアガサは子どもたちにベッタリで、夜も子どもたちを抱きしめて眠った。
ドラコは昨晩のロマンティックな行為を今夜もできればいいと考えていたが、大冒険を終えた子どもたちが無事に帰って来た今日ばかりは仕方ない、と諦める。
3人の息子たちがもっと大きくなったら、家族でキャンプに出かけるのも面白いかもしれないな、とドラコは思った。
ただし、ドラコが考えているキャンプは自然の中で自給自足をする、もっと過酷でサバイバルなキャンプだった。
子どもたちが大きくなるのが、本当に楽しみだ。
◇
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