恋に落ちたマフィアと、アガサの古城 2ndシーズン 3-7


 朝になっても、二人は抱き合ったまま、横向きに額を合わせて眠っていた。
 暖炉の火は消えかかって部屋は冷えていたが、肌を重ねて体温を分け合っているので、とても温かくて、気持ちが良かった。
 
 アガサは目の前にあるドラコの寝顔を愛おしく見つめた。――可愛い。
 規則正しい寝息にかすかに肩を上下させて眠るドラコの姿からは、昨晩の【貪欲な獣】のような印象は微塵も感じられない。子どものように無垢で無防備だ。
 とても気持ちよさそうに眠っているので、アガサはドラコを起こさないように、そうっとベッドから抜け出した。

 バスルームに向かう間、全身の筋肉が強張ってぎしぎし痛み、ロボットのような動きになってしまう。
  
 アガサは温かなシャワーを浴びてゆっくりと体をほぐすことにした。深刻な筋肉痛だ。
 鏡を見ると、首や胸に小さな赤い痣ができている。ドラコがやったのね、もう――、それでなくても、全身にドラコの感触がまとわりついて、熱に浮かされたようにジリジリする。
 気を張っていないと、シャワーの一粒一粒が昨晩のドラコの体温や、手の感触や、唇の温かさを呼び起こして、体が勝手に反応してしまいそうだ。

 髪を洗い終えてアップに纏め上げたとき、バスルームに一瞬の冷たい空気が入り込んできて、アガサの背中にドラコの温かな体が押し付けられた。
 がっしりとした両腕がアガサの腰と胸に回され、ピッタリと抱き留められる。

「目が覚めたとき君がいなかったから、すべて夢だったんじゃないかと思ったよ。どうして起こしてくれなかったんだ」
「気持ちよさそうに眠っていたから、起こしたくなかったのよ」

 アガサはドラコの頭にシャンプーをつけて泡立てた。
 それからスポンジにボディソープをつけて泡で自らの体を手早く洗い、子どもたちの体を洗うのと同じようにドラコの体も洗った。
 ドラコはまだ寝ぼけているのか、ほとんど動かずに、されるがままになっている。しかし下半身を洗い始めると、いきなりビクりと体を震わせた。

「アガサ、あんまりそこを触られるとまた……」
「もう! なら自分でやって」
 アガサにスポンジを押し付けられて、ドラコは寝ぼけながら笑った。
 頭が起きるよりも先に下の子が起きるとは。
 体の泡を落として、アガサは先にシャワーから出た。

 アガサが事前に調べていた性交渉にまつわる情報は、ほとんど役に立っていなかった。リサーチによれば、行為時間は一回5分から10分で、回数は一晩に多くても2回が限度だとのことだったが、ドラコには全く当てはまらなかった。
 アガサに言わせれば、ドラコはまさに体力無限だった。

 バスタオルを巻いて歯磨きをしていると、ドラコもすぐに出てきて、並んで歯磨きをし始める。
 腰にはタオルを巻いているが、アガサは鏡越しにドラコの上半身を眺めて、改めて関心した。
 鎖骨の浮いた綺麗な胸元と、広い肩幅はとても男らしい。傷があるのもかえってその魅力を引き立たせているように見える。
 胸にも腕にもお腹にも、柔らかな筋肉が浮き上がって、逞しい上半身をしている。背中側には肩甲骨が浮き出て、背骨のラインがくびれ、そのくびれが肉感的な腰元までS字にカーブしながら続いているのは、見事だった。

「ジロジロ見るなら、そっちも見せろ」
 歯ブラシを咥えたドラコがアガサのタオルを引っ張った。
 アガサは上手くそれをかわして、歯磨きを終えてバスルームから出ていく。

「時間があまりないわ。ババロアを作って、子どもたちを迎えに行かなくちゃ」
「俺が迎えに行こうか?」
「え、いいの? でもドラコ、仕事は?」
 アガサが振り返ってバスルームを覗くと、ドラコが歯磨きを終えて、出てこようとしていた。腰に巻いていたタオルを洗濯物カゴの中に放り入れるのが見えた。

 露わになっている下半身に視線を吸い寄せられて、アガサははにかむ。
「いい眺めだけど、朝は覆っておいてくれない?」
 だが、返事をする代わりにドラコはまたアガサのタオルを奪い取ろうとした。
 今度もアガサは上手くかわしてウォークインクローゼットに逃げ込む。

「今日は仕事を休むよ」
 ドラコは裸のまま、堂々と寝室を反対側まで横切って、自分のウォークインクローゼットに入って行った。
 裸で歩き回ることを少しも恥ずかしいと思っていないようだ。
「それは助かるけど……。あ、ドラコ、子どもたちを迎えに行ってくれるなら、スーツはおすすめしないわ。汚れてしまうかもしれないから」
 ドラコはアガサの助言に従って、チノパンにブルーのセーターを合わせて出てきた。
 ベッドに腰かけて、ティンバーランドのブーツを履こうとしている。
 それなら、あの舗装されていないキャンプ場に行っても問題ないだろう。

 アガサはいつも通りジーンズと、ややオーバーサイズのオフホワイトのパーカーを着た。
 つい数時間前までドラコと情熱的に愛を交わしていたとは誰も想像できないようなヘルシーなスタイルだ。
 ドレッサーの前に座って髪を乾かし、顔にクリームを塗って朝の支度を済ませる。

 それから二人は一緒に寝室を出た。
 階段の途中に脱ぎ捨てられたドラコのスエットパンツとTシャツを、洗濯するために拾いながら下りて行く。すぐそばにアガサの『I♡Italy』も落ちている。パンティが見つからないので辺りを見回すと、ドラコがそれを拾ってわざと見せつけるように指の先から垂らし、イタズラな笑みを浮かべた。
「もう!」
 アガサはそれをひったくった。

 広場には昨晩落とした洗濯物カゴが転がったまま、洗濯物が零れて散らかっていた。
 アガサはそれらを全部まとめて洗濯物カゴに詰め込むと、ランドリールームに急いだ。

 ドラコが簡単な朝食を作ってくれ、二人でそれを食べていたらもう朝の9時だった。モーレックとマリオのお迎えは朝10時だった。

「二人を迎えに行った帰りに、中川夫妻の家でラルフをピックアップするのを忘れないでね」
 アガサは、中川夫妻に渡す御礼の包みをドラコに預けて送り出した。
 中味は日本から取り寄せたお茶菓子と抹茶だ。こういうこともあろうかと、アガサは日本からいろいろな物を取り寄せていて、お世話になった人々に配っている。
 1月の寒い朝だったので、ドラコはフード付きのダウンジャケットを羽織って出かけて行った。

 それからアガサは大急ぎで苺のババロアを作りにとりかかった。





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