恋に落ちたマフィアと、アガサの古城 2ndシーズン 3-4


 カリフォルニア州全域に電力を供給する巨大企業、マーモット&フォックス社。
 その経営会議に参加しているドラコは、退屈にあくびを嚙み殺している。

 最高経営責任者はマーモットで、最高執行責任者はフォックスだ。
 ドラコは何の役職にもついていないから、本当は経営会議にも参加しなくていいはずだったが、この会社において実質的な経営戦略をたて、重要な決定を下しているのはドラコだったので、マーモットとフォックスのたっての希望で仕方なく席についている。
 いまだにマーモット&フォックス社はドラコが牛耳っている形だ。
 それもこれも、すべて、マーモットとフォックスが甘ったれなせいだ、とドラコは思う。

 ドラコは、いずれは会社をマーモットとフォックスに完全に任せたいと考えていた。

――お医者様の許しが出たわ a.

 携帯に映し出されたメッセージを見て、ドラコの心臓は高鳴った。すぐに、帰らなければならない。
 高層階のガラス張りの明るい会議室で、マーモットが昨年度の業績を踏まえた新年度の経営方針について、重役たちに説明している。
 皆が真剣に耳を傾けている会議の真っ最中に、ドラコはいきなり立ち上がった。

「ボ、……ミスター、一体、どちらへ?」
 思わずドラコのことをボスと呼びそうになったマーモットを、ドラコが一瞬睨みつけた。
 ドラコは、会議の場では株主代表として席についている。マーモット&フォックス社の株式の51パーセントはドラコが保有しているからだ。

「家族の緊急事態なんだ。今日はこれで失礼するよ」
 ドラコは広大な会議室を横切って、さっさと会議室を後にした。
 新年度の経営方針はすでにマーモットとフォックスに伝えてある。俺が居なくても、あとは上手くやるだろう。そうあってくれなければ困るのだ。
 心配はいらない。もしへまをしたら、後でちゃんとお仕置きをしてやるから。

 まるでドラコの考えていることをテレパシーで読み取ったかのように、会議室に残されたマーモットとフォックスは身震いした。





 小さな子どもがいると、ひっきりなしに洗濯機を回さなければならない。
 アガサの古城にある洗濯機は大きかったが、時には2台を同時に回さなければならないこともある。
 大きな洗濯物カゴを両手に抱えて、アガサは夫婦の寝室と子ども部屋をまわって洗濯ものを集めた。ドラコのトレーニングウエア、子どもたちの寝間着。寝具類のカバーは毎週末に洗濯済みのものと交換することにしているが、昨日は子どもたちのキャンプの準備に遅くまでかかったので、一日遅れで今日とりかかることにする。

 子どもたちのベッドの古い寝具カバーを引き剥がし、新しいものへの交換をすませると、アガサは一杯になった洗濯物カゴを持って階段を下りた。
 時刻は間もなく昼の12時を回ろうとしている。
 洗濯機を回したら、お昼にしよう。そう思ったとき、ストラダーレのエンジン音がして、ドラコが玄関から飛び込んできた。

「アガサ!」
 切羽詰まった様子のドラコが、アガサの両手から洗濯物カゴを取り上げて、それを広間の床の上に置いた。
「どうしたの、何かあったの?」
 アガサは一瞬、何か事件でも起きたのかと不安になったが、ドラコの熱いキスでいきなり口を塞がれた。
 そのまま、強く抱きしめられて、アガサは体がとろけそうになりながらも、顔をはなしてドラコに尋ねた。
「ドラコ、会議は?」
「抜けて来たよ。いいんだ、すぐに寝室に行こう」
 そう言って、ドラコはアガサの手を引いて、広間の階段を上り始めた。

「え、でも、新婚初夜は夜に、ロマンティックなディナーを楽しんでから、と思ってたんだけど」
「もう待ちきれないよ、今すぐに君が欲しい」
「けど……、せめて昼食を食べてからにしない? ランチは食べたの?」
「いらない。必要ならベッドで君を食べるし、君も俺を食べていいよ、アガサ」

 言っていることが支離滅裂だ。

 それにまだ、昼間だというのに。アガサはあまり気乗りしなかった。
 ただ、ドラコがここ数カ月の間、満たされない性欲に夜も眠れずに苦しんでいたことを思い返すと、無下に断ることもできなかった。
 まあ、5分か10分のことなら、ランチはその後でもいいわよね、と、アガサは頭の中で冷静に考えた。
 セックス未経験のアガサにも、平均的な行為時間についてはすでに調べが済んでいる。そんなには長くかからないはずだ。
 
 寝室の前でドラコはアガサを腕に抱き上げた。
 そうして欲しいと、アガサが以前に希望したのを覚えていてくれたのだ。アガサはドラコの肩に腕を回し、彼の耳にキスをした。

 夫婦としてドラコと愛し合うことに、アガサは何の恐怖も抱いてはいなかった。
 しかし、ベッドの前まで連れてこられたときにふと、【気になること】が一つだけあることに気づいてしまった。――左の下腹部にできた生々しい手術痕を、まだドラコは見たことがない。
 その手術痕は、醜い。
 アガサでさえそう思うのだから、もしかしたらドラコはそれを見て、ガッカリするかもしれなかった。

 ベッドに体を降ろされそうになって、アガサはドラコの首にしがみついた。

「ちょっと待って、ドラコ、ベッドに入る前に見てもらいたいものがあるの」
「……なに」
「手術の痕を見てもあなたが大丈夫かどうか、心配なの」
「そんなの気にするわけないだろ」
 ドラコはアガサの腕をほどいて、ベッドに寝かせようとした。
「待ってったら、ダメ。床におろして、ちゃんと見てよ。それであなたが大丈夫なら、喜んでセーターを脱ぎ捨ててベッドに入るから」
 心なしか小さなうめき声を上げて、ドラコはアガサを床におろした。
 そして、ドラコは溜息をつきながらベッドに浅く腰掛けた。

「いいよ、見せて」

 アガサはドラコの前に立って、ニットのセーターの裾を持ち上げ、ジーンズの腰元を少し下げて見せた。
 赤みは引いているが、まだ生々しい切開の痕が横向きに一筋、左側の下腹部にくっきりと残っている。

「近くに来て、もっとよく見せて」 
 言われるまま、アガサはドラコの手の届くところまで近づいた。
 ドラコはアガサの傷をそっと手のひらでなぞると、「痛くないのか?」、と聞いてきた。
「痛みはもう全然ないの。でも、見た目には刺激的でしょ。もし気が乗らないようだったら、今日は無理しないで……」

 ドラコはクスリと笑って、アガサの腰を引き寄せ、上半身を屈めて躊躇うことなく傷口に唇を這わせ始めた。
「この傷は俺の不甲斐なさの証明だ。一生をかけて償うよ。でも、君にとっては、子どもたちへの愛の証でもある。何も恥じることないんだよ。でも、もし気になるなら、こうやって何度もキスをすれば、早く治るかもしれない……」
 キスだけでなく、傷口をペロリと舐められて、アガサは咄嗟に腰を引いた。

「くすぐったいわよ、ドラコ」

 アガサに逃げられて、ドラコは口惜しそうに眉をしかめる。

「服を脱いで、早くこっちに来いよ。それとも、俺が脱がせてやろうか」
 ドラコはスーツジャケットを脱いで床の上に放り投げた。片手でスルスルとネクタイを外して、ワイシャツの首元のボタンをいくつか外すと、首をくぐらせて瞬く間にそれも脱ぎ捨てた。

「すごい、あなたって早脱ぎの達人ね」
 アガサは感心しながらも、ニットセーターから腕を抜いて、首をくぐらせてそれを脱いだ。
 それから床に脱ぎ捨てられたドラコの服を拾って、ベッドサイドのクッション張りの椅子の背もたれに、皺にならないように一つずつかけた。
 キャミソールを脱いで背中に手を回してブラのホックを外そうとしたとき、背後からいきなり抱き上げられて、軽々とベッドの上に放り投げられた。

 柔らかなベッドのスプリングに揺れて、アガサは笑った。体がふわりと浮いて、ジェットコースターから落とされたような感覚を味わったからだ。

 ドラコがアガサの体の上に覆いかぶさってきた。

「俺がこうしなきゃ、服を全部たたむ気だっただろ」
 アガサの上に跨って膝たちになり、ドラコはズボンのベルトを外し始めた。アガサは目を反らさずに、ドラコの下半身が露わになるのを見つめた。
「でも、高級なスーツが皺になっちゃうわよ……」
「そんなことは今にどうでも良くなるよ、すぐに分からせてやる」





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