恋に落ちたマフィアと、アガサの古城 2ndシーズン 2−3


 妊娠5か月という報せを聞いて、ドラコはイタリアでエマを抱いたことを思い出した。
 エマを愛していたから関係を持ったのではない。
 あれは、アガサと子どもたちを守るために行なった、フェデリコとの取引だった。

 そんな取引はするべきではなかったし、ドラコはあのとき、明らかに冷静を欠いていて、騙されたのだ。――そのせいで、アガサを深く傷つけてしまった。

 犯した過ちの結果が、まさか今夜こんな形で、ドラコを追って来るとは。でも、どうして今さら。

 アガサは俺を責めるだろうか。
 ドラコは黙って、アガサの隣に腰かけた。

「俺に、どうしてほしい」
「もちろん、あなたは責任をとるべきだわ」
 ドラコの心臓の鼓動が早くなる。
「どうやって」
「エマは、あなたにイタリアに来てもらいたがっているわ。最初は、一人で子どもを育てるつもりだったけど、妊娠5カ月になって体がどんどん辛くなってきているんですって。ドラコ、彼女にはあなたの助けが必要だわ」
「……君には、俺が必要じゃないのか」
 ドラコの語気に静かな怒りがこめられると、アガサも強い口調で言った。
「私の夫なら、ちゃんとエマと向き合って、ドラコ」

「できないよ、イタリアには行かない。俺が望んだ子どもじゃないんだから、向こうで勝手に育てればいい」
「ドラコ、あなたを見損なわせないで。エマはあなたの家族でしょう。あなたの家族は、私にとっても家族よ。彼女は泣いてたわ。不安でいっぱいだからよ……」
「いやだ、聞きたくない」
「あなたの子どもなのよドラコ、ちゃんと聞いて! エマの所に行ってあげて。彼女を支えて、生まれてくる子どもをどうやって育てていくか、エマとちゃんと話し合わなくちゃ!」
「それで俺たちはどうなるんだ。俺はやっぱり、君から捨てられるのか」
 ドラコの青い瞳に、今や本当の怒りが浮かび上がった。
「そんなわけ……」
 アガサは涙声になった。

「あなたなしでは、私は幸せになれない。わかっているでしょ、私たちは結婚して一つになったのよ、ドラコ」
「なら今すぐ、さっきの続きをしてくれよ」
 ドラコがアガサの腕を掴み、強引にベッドに押し倒そうとした。
 だが、アガサはそれを振り払う。
「それは断る。私たちのことは、エマと生まれてくる赤ちゃんのことをちゃんとしてからにしましょう」
「アガサ……」
 ドラコが絶望したように呟いた。
「どれだけ俺がこの日を待ち望んでいたか、知らないだろ……」
「私だって、今日のことは楽しみにしていたわよ。でも、私のことをちゃんと愛してくれているなら、あなたには後悔して欲しくない。今一人で苦しんでいるエマと、生まれてくる赤ちゃんのこと、」
「イタリアには行かない」
「チケットはもう取ってあるそうよ、ドラコ。あなたは明日の朝いちばんに、空港に行けばいいだけ」
 ドラコは言葉にならない呻き声をあげてベッドに倒れ込んだ。

「考えてみて、ドラコ。あなたの子どもなのよ、きっと想像もつかないくらい可愛い子が生まれてくるわ。嬉しくないの?」
「……そんな子ども、生まれてこなければいいのに」
 冷たく言い放たれたその言葉に、アガサは深くショックを受けて、そして、自分のことのように怒った。

「そんなことを言うなんて信じられない! 見損なったわ、ドラコ」

 アガサはベッドから勢いよく立ち上がって、足早に寝室から出て行こうとした。

「アガサ、待ってくれ」
 ドラコが呼びとめると、アガサは振り向きもせずに言った。
「明日の朝イタリアへの飛行機に乗って、エマとちゃんと向き合うの。彼女に優しく接して、彼女の体を支えて、生まれてくる赤ちゃんを慈しむのよ、ドラコ。もしあなたがそれをしないなら、あなたとは離婚するから!」

 勢いよく閉められた寝室のドアを、ドラコはぽかんとして見つめた。
 結婚したその日に、離婚すると脅されるなんて夢にも思わなかったことだ。アガサは嘘をつかない。だから、もしドラコが言う通りにしなければ、本当にそうするだろう。
 ドラコは深いため息をついて、ベッドに顔をうずめた。今夜、このシーツの上で彼女と初めて愛を交わすはずだったのに。

 イタリアに行けば、二人の新婚初夜は永遠に遠のくように感じられた。
 でも、行かなければならないだろう。
 夫婦の寝室に一人残されたドラコは頭を抱え、いつまでも眠れない夜を過ごした。

――神様、これが俺への罰なんですね。あんまりです。





 アガサは独身時代の自分の寝室に駆け込み、堪えていた涙をどっと溢れさせた。
 エマは悪くない、もちろん、生まれてくる赤ちゃんも。それでも、こらえようのない嫉妬と悲しみが、アガサの胸を締め付けた。
 アガサはドラコのことを心から愛している。だから結婚をして、正式に彼の妻になれたことがとても嬉しい。けれど、エマとの間に子どもができたとなれば、夫婦の絆はかすみ、ドラコが遠くへ行ってしまうことを覚悟しなければならなかった。

 アガサはベッドに横になって頭から掛布団をかぶり、声を押し殺して泣いた。
 さっき、ドラコには伝えなかったが、エマは電話ではっきりと、これからはドラコと一緒に生まれてくる子を育てたいと言ってきた。そのことについてエマから意見を求められたが、アガサは、「それはドラコが決めることだから」、としか返すことができなかった。

 口ではああ言っていても、モーレックとマリオに深い愛情を注いでくれているドラコには、ちゃんと父性があるのだ。
 だから、これから生まれてくる我が子に対面すれば、彼はその子を他の何より愛するようになるだろう。
 
 その時になって捨てられるのは、アガサの方なのだ。
 いつかアガサも、ドラコとの間に自分の子を授かることを夢に見ていた。だから想像してみただけでよくわかる。
 モーレックとマリオのことをこれだけ愛しているのだから、そのうえ我が子に注がれる愛がどんなに強いものになるのかが。
 きっとドラコは、実の子どもとエマのところに行ってしまうに違いない、とアガサは思った。
 せめて、結婚する前に分かっていれば、彼を諦めるのにこんなに傷つかずにすんだのに。
 本当はドラコにどこにも行ってほしくはない。
 
 けれど、信仰によってアガサは神に祈った。

――どうか私の思いではなく、神の御心がなりますように。そして私たちに、正しいことをさせてください。

 それからアガサは泣き疲れるまで泣きつくして、眠りについた。





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