恋に落ちたマフィアと、アガサの古城 2ndシーズン 2−2


「どうしたんだマリオ」
 子ども部屋に入って行くと、ベビーベッドの柵に掴まり立ちをした状態で、マリオが待っていた。
 ドラコを見ると、マリオはさらに大きな声を上げて泣き、抱っこしてくれとせがむように両手を広げた。
「よし、おいで」
 マリオを抱き上げてオムツを確認するが、問題はない。
「のどが渇いたのか?」
 子どもたちの水分補給用の白湯は、アガサが毎晩、保温瓶に入れて子ども部屋に準備していた。
 ドラコはそれをマリオに吸わせてみたが、2、3口飲んで、すぐに口を離し、また泣き始めた。

 夜はまだ冷え込むので、もしかしたら寒くて目を覚ましたのかもしれない。ドラコはブランケットでマリオの体を包み込み、縦に抱っこして体をピッタリと合わせた。
「大丈夫だよ、マリオ。怖い夢でも見たのか?」
 温かくされて背中をさすられると少し安心したのか、マリオは小さな手でドラコの首にしがみついて、まるで自分がどんなに怖い夢を見たのかを説明するかのように、あむあむとドラコに訴えかけた。

「ああ、そうか。……それは怖かったな。かわいそうに」
 実際に何を言っているかは全然わからないので、ドラコは適当に話を合わせる。
「パパが来たから、もう大丈夫だよ」

 背後で、モーレックの声がした。
「マリオは、このじかんになるとよく怖い夢をみるんだよ」
 モーレックは子ども用のベッドの中ですっぽりと掛布団にくるまり、首だけを出していた。

 ベッドサイドの置時計が、夜の9時15分を指していることに気づき、ドラコはハッとする。
 それは、ドラコの親友マリオの家に、ノストラ―ドファミリーが襲撃してきた時間だった。
 あの夜、親友のマリオとアナトリアは殺され、ドラコはまだ生まれたばかりの赤ん坊だけをなんとか救い出したのだった。
 もしかして1歳になるマリオは、あの夜のことを覚えているのだろうか。

 ドラコはマリオを強く抱きしめて、親友と同じブラウンの柔らかな髪の中にキスをした。
「……大丈夫だよ、マリオ。もう、大丈夫だ」
 しばらくするとマリオは泣き止んで、かわりにドラコの首元に顔をうずめ、吸い付いてきた。鎖骨の辺りに。
 きっとそうやって吸い付くことで安心するのだろうと思って、ドラコは好きにさせることにした。

「ママは?」
 と問われて、ドラコはマリオを抱っこしたままモーレックのベッドに腰かけた。
「さっき電話がかかってきたんだ。誰かはわからないけど、今頃は部屋でその電話に出ていると思うよ」
 モーレックは少し考えてから、言った。
「こんなにおそいのに、でんわをしていいの?」
「ダメだよ」
 と、ドラコは答えた。
「けど今日はパパとママの結婚式があったから、誰かが祝いの電話をよこしてくれたのかもしれない」
「ふーん、そう。けっこんしきのママは、とてもきれいだったね」
「うん」
「ぼくもおおきくなったら、ママとけっこんするよ」
 うっとりしながらモーレックがそう言ったので、ドラコはニヤリとして息子を見下ろした。そして、モーレックの頭を優しく撫でた。
 この賢くも、まだ物を知らない小さな存在が、心から愛しいと思った。

「パパ、おはなしをして」
「お話?」
「ぼくたちがねむるまで、ママはおはなしをしてくれるんだ」
「そうだな……」
 ドラコは考えながら、モーレックのベッドのヘッドボードに背中を預けて、ベッドの上に足を伸ばした。マリオはコアラのようにドラコにしがみついたまま、ドラコのお腹の上でうつぶせの状態になる。モーレックは、まるでそうすることが当然であるかのように、ドラコの腕の中に器用に潜り込んできた。本当に、この子たちは甘えん坊だな、とドラコは思う。日頃、母親からどのように愛情を注がれているかが垣間見えるようだ。

「子どもの頃に、親父から聞いたんだ」
 ドラコは静かに話し始めた。
「親父っていうのは、パパのパパのことだよ。グランドキャニオンに、シモンの岩という大きな岩山があって、1年のうちに2回だけ、そこから雲の上を見渡すことができるらしい。朝日の照らされる黄金色の雲の平原を見ることができたなら、世界一の幸せ者になれる、いつか一緒に見に行こうと親父は言ったけど、結局連れて行ってもらうことはできなかった。けど、パパはどうしてもその景色が見てみたくて、大人になってから、一人でシモンの岩山に上ってみたんだ」

「みれたの?」

「見れたよ。でも、大したことなかった。飛行機から見るのと同じ。世界一の幸せ者になるなんて話は嘘だったとわかったんだ。パパはやっぱり一人ぼっちで寂しかった」

「それでおはなしはおわりなの?」

「いいや、まだ続きがあるよ。モーレックや、マリオや、ママと出会って、パパは最近また、シモンの岩山のことを思い出すようになったんだ。もし、みんなであの景色を見られたら、パパは今度こそ世界一の幸せ者になれるんじゃないかって。いつかまた、今度は家族みんなで一緒にあの景色を見に行きたい。それがパパの夢だよ。モーレックとマリオが大きくなって、険しい岩山を上れるようになったら」

「なんさいになったら行けるの」
「8歳か、10歳か……」
「そんなに? ぼく、まちきれないよ……」
 モーレックがとろんと瞼を伏せた。
「パパも待ちきれない。お前たちが大きくなるのが、本当に楽しみだよ」
 ドラコは眠りについたモーレックのおでこにそっとキスをした。

 それから、固くしがみ付いて寝ているマリオを、慎重にベビーベッドに戻す。寒くならないように、しっかりとブランケットに包んで。

「おやすみ」

 しばしの間、子どもたちの寝顔を愛おしく眺めてから、やがてドラコはアガサの待つ寝室に戻って行った。


 夫婦の寝室に戻ると、アガサがベッドに座ってドラコを待っていた。
 その姿を見ただけで、ドラコは幸せで胸が満たされる。
 だが、ドラコに気づくとアガサは深刻な顔を上げた。

「エマから電話があったの。彼女、妊娠したって。ドラコ、あなたの子だと言っているわ」





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