月夜にまたたく魔法の意思 第3話6
飛行術を終えた優、流和、永久の3人は2時限目の授業には行かず、真っすぐに光の館と呼ばれるカフェテラスに向かった。
聖ベラドンナ女学園のカフェテラスは、学園の中央にあるガラス張りの建物だ。
天井や壁、テーブルなどがクリスタルガラスで統一されており、いたる所に鏡の装飾が施されている。
このカフェテラスのことを、鏡の国のアリスにもじって「アリスの城」と呼ぶ生徒もいるくらいだ。
だが、正式名称は「光の館」。
「授業をサボるなんて気が引けちゃうわ」
そう言いつつ、2時限目の占星術の授業を嫌っている永久は、いつもよりも素直に優と流和について来た。
「いいじゃない、永久が無事に飛べるようになったお祝いよ」
先頭を歩く流和が、日当たりの良いテーブルについた。
授業中なので、カフェテラスには他の生徒はほとんどいない。周りにいるのは、占星術を選択しなくても単位が足りている、ごくわずかな優秀な生徒たちだけだ。
そういう子たちは早めにカフェテラスにやって来て好きな時間を過ごしている。優秀な生徒ほど、3年生になってからの授業数は少ない。
ちなみに、単位修得数の少ない優、流和、永久は3年生であっても占星術は必修科目に指定されている。
「見た? ダイナモンの子たちの、キツネみたいな目。私、ずっと睨まれてたのよ」
優が文句を言いながらガラスのテーブルについた。
「優の言ったことが気に入らなかったのよ。あいつらは魔法が全てだと思っているから、優の『文明の力』って言葉に反応したんだと思うわ」
「また虐められないといいけど……今朝も、ダイナモンの子に酷い目に合わされたばかりなんでしょう?」
永久が、セルフコーナーに並べられている紅茶セットを取って、ポットにお湯を注いだ。
窓際には、いつでも自由にお茶が飲めるように、ポットとティーカップが並べられているのだ。
「今度何かしてきたら、絶対に先生に言いつけてやる。大丈夫よ」
優はそう言いながら、永久が持ってきてくれたサフランのティーカップを嬉しそうに受け取った。
サフランのティーカップは優のお気に入りで、永久はそのことをよく心得ているのだ。永久は他人の好みをよく覚えていてくれる。
優には永久が、優の誕生日や好きなもの覚えていてくれるのが、とても嬉しかった。
「何言ってるのよ、ついさっき羽村先生に言いつけたじゃない」
流和が優をつついた。
「しかも授業中に、みんなの前で。まあ、朱雀はあれくらいじゃビクともしないだろうけどね」
「真実を明らかにしたんだよ、言いつけたんじゃないもんね」
流和につつかれながら、優は自分のティーカップに角砂糖を3つ入れて、永久に紅茶を注いでもらうのを待った。
「彼、朱雀くんていうの?」
お湯の入ったポットを回しながら、永久が流和を振り返った。
「高円寺朱雀。優と同じ、火の魔法使いよ」
「ふーん」
永久はポットのお湯を一度捨てて、空になったポットにアールグレイの茶葉をスプーンで4杯入れた。美味しい紅茶を入れるコツは、ポットをよく温めることと、人数分の茶葉に加えてポットのためにも一杯分余分に茶葉を入れることだ。
そのため、永久がこだわって入れてくれる紅茶は、いつも絶品だ。
「あの天然パーマ、笑っちゃうよね」
優がいきなり鼻にかかる声でそう言って、思いだしたようにニヤニヤ笑い始めた。
そういう自分の頭も朱雀と同じようにクルクル跳ね上がっているくせに、それを忘れて笑っている優を、
流和と永久は何も言わず、面白そうに見つめた。
やがて紅茶の香りが3人の鼻孔をくすぐると、永久がそれぞれのカップに茶を注いだ。
「乾杯しましょう、永久が飛べたことに」
「そうだね」
流和と優がティーカップを持ち上げた。
「ありがとう。じゃあ私は、私たち全員が無事、飛行術のテストに合格したことに」
3人はそれぞれのカップを高く掲げると、同時にカップに口をつけ、それから一息ついた。
「幸せだね。美味しい紅茶と、美しい景色と、静かな時間。本当に平和だよ」
優がテラスから見える庭を眺めて言った。春の陽光が降り注ぎ、サフランの新芽が輝いている。
サフランの花が開花するのは秋頃だが、その頃にはカフェテラスに薄紫色の花が咲き乱れ、光の館は恋の香りで満ちるようになる。
優でさえ、切なくて幸せな気持ちになる香りだ。
――自分たちだけが、平和な世界で生きられると思うな。
優の幸せそうな横顔を見ながら、一方では流和が、朱雀に言われた言葉を思い出していた。
聖ベラドンナ女学園は平和だ。ここには争いがなく、退屈な授業に耐えて、みんな好き勝手な生活をしている。
でも魔法界では今、大変なことが起こり始めているのだ。
魔女が復活すれば、最初に犠牲になるのは弱い人間たちだろう。魔女は殺戮を好み、地獄の門を開くために多くの血を必要としている。
魔女と戦えるのは、力ある魔法使いだけだ。
戦うために教育されたダイナモンの生徒たちは、迷うことなく戦うだろう。
偉大な魔法使いたちが、かつて命をかけて戦い、死んでいったのと同じように。
――今も昔も、お前は逃げることしか頭にない。
流和の胸に、朱雀の言葉が突き刺さった。
その横で、永久と優は脳天気に話している。
「朱雀くんて、危険な魅力が漂う男の子だと思うわ。ベラドンナの女の子たちはみんな、朱雀くんにぞっこんラブなのよ」
「ゲー、吐きそう。言っておくけど、あの天パは最低だよ、悪魔みたいな目をしてるじゃん」
「優、照れてるだけじゃない? ハニーとか言われて、ウィンクされたものね」
「あのくらいじゃ照れないよ。私なんて、ファーストキスは小学2年のときにすませてるんだから」
「ふーん、誰とすませたんだ」
「うおっ!?」
突然背後で囁かれ、優は紅茶を吹きこぼした。灰色のブレザーの腕が伸びてきて、深紅の瞳が優の視界を塞いだ。
高円寺朱雀だ。
「ちょっと、何なの? 一体、どこから……」
突然現れた朱雀に続いて、ダイナモンの生徒たちが次々に姿を現した。まるで魔法みたいだ、と、優は思った。
優は口をポカンと開けてダイナモンの生徒たちを見回した。
驚いた。全然、気配を感じなかったのに、突然その場所に姿を現したからだ。
「自空間魔法だ、素人め」
朱雀が軽蔑を隠さない嫌味な口調で言った。その横で美空が腰に手をあてて笑った。
「笑っちゃうくらいのアホ面ね。まだ、あの眼鏡をかけてた方が良かったんじゃない」
「美空、私の親友に失礼なことを言わないで」
流和と美空が静かに睨みあった。
そんな二人をよそに、
「2時限目にいないと思ったら、こんな所でお茶してたのか」
と、空が流和の隣に座った。「ミルクが飲みたいな」と、呟いている。
次のページ