月夜にまたたく魔法の意思 第3話3





強力な炎の力が爆発したのを、離れた所にいる空と吏紀は確かに感じ取った。
留学生用の特別寮から、空と吏紀が飛びだした。

「朱雀は何をやってるんだ!?」
「あいつ、本当にやりやがった!」
「朱雀に何があったの?」

美空が、二人を追いかけて寮から出て来た。

「ご覧の通り、騒ぎを起こしてるのさ。美空、お前は危険だからここを離れるな!」

吏紀と空の二人は、それぞれアメジストとエメラルドの光に包まれて電光のごとく飛び立った。
図書館の方だ。そこで朱雀が強力な力を使っている。人一人殺していてもおかしくないほど、強力な力だ……。

「一体何があったんだ。やばいな、もしかすると、俺たちにもアイツを止められないかもしれないぞ」
風を切って朝靄の中を飛行しながら、空が切羽詰まって言った。
「その時は、何も見なかったことにしよう」
冗談ぽく吏紀が笑った。だが、吏紀の顔も事態の深刻さにいつもより強張っていた。

上空を飛ぶ二人の視界が突然開けた。図書館の周りだけ、朝靄が晴れて見通しが良くなっているのだ。
白いドーム状の建物の脇に、青く燃える火の柱が立ち上っていた。
朱雀を見つけて、吏紀と空の二人は地面に着地した。

「何やってんだ!」

朱雀の背後に勢いよく着地した空は、すぐに朱雀に駆け寄った。
炎の中で燃えている女の子が流和の親友だということに、空は気付いた。
朱雀が何をしているかは、空と吏紀の二人には一目瞭然だった。
炎の中の少女の意識はすでにないようだ。もしかしたら、もう死んだかもしれない。
「ここまでやらなきゃいけなかったのか!」
空が朱雀の肩を掴んだ。魔力のないデキソコナイには興味がないが、流和が悲しむのは見たくなかった。
空がそう思ったとき、青い光が水しぶきを上げて天から降って来た。
流和だ。

「優! やめて朱雀!」
流和は金切り声を上げながら、火の柱に向かって走り出した。

「流和、危ない!」
「近づくな!」

空と吏紀が同時に流和を抑えつけた。

「やめて、死んじゃう!」
「これは炎の呪縛魔法だ。近づく者は誰でも、あれと同じになる」
吏紀はそう言うと、流和を空に押しつけた。しっかり抑えていろ、と、その目が空に語っていた。

「どうしてこんなこと、ここはダイナモンじゃないのに! 朱雀は何も変わらない! こんな所まで来て私の大切な人を傷つけないで!」
流和が怒り叫びながら暴れるのを、空は必死に抑えつけた。


流和には見向きもせず、朱雀の目が緋色に輝いた。
「自分たちだけが、平和な世界で生きられると思うな」
怒りに満ちたその目は、炎の中の少女からそらされることはなかった。
火の粉が舞飛び、恐ろしい熱気がその場にいた全員を呑みこんだ。
火の柱は徐々に大気の中に分散し、やがて姿を消した。

炎の蛇が消えると、優の身体は地面に投げ出された。
朱雀が倒れている優の前に屈みこみ、その顔からゴーグルを外した。一瞬、朱雀が悲しげな表情で少女の素顔を見下ろしたように見えた。
吏紀、空、流和の3人は、驚きながら朱雀の行動を見守った。
「何してるの?」
流和は朱雀にではなく、自分を抱きかかえている空に小声で聞いた。
空が無言で首を振る。

吏紀が注意深く、朱雀に歩み寄った。
「昨日の炎の力は、この子だったのか……」
「魔力封じのゴーグルだ」
朱雀が、黄色いゴーグルを掲げて見せた。
「気づかなかった。魔力を封じるなんて、魔法界では絶対の禁忌だ」
「そうだな、本来ある力を無理に抑えつけていたんだ。報いは大きい。コイツには、これから悪い副作用がきっと出る」

朱雀と吏紀の会話を聞いて、空と流和も近づいて来た。

「優は、生きてるの?」
流和が心配そうに覗きこんだ。
「このくらいで死ぬようじゃ、火の魔法使い失格だ。特に、シュコロボビッツはな」
朱雀が流和を睨んだ。
「お前、知ってて隠してたな」
「優は魔法使いになりたくないって、いつも言ってる。ダイナモンにも連れて行かせないわ」
流和も厳しい顔で言い返した。

「ダイナモンから逃げ出した負け犬が、何言ってるんだ。変わらないな。今も昔も、お前は逃げることしか頭にない」
朱雀の手の中で、優のゴーグルが赤く輝き、粉々に砕け散った。

流和は朱雀に言い返すことができなかった。全て、本当のことだ。

「吏紀、ちょっといいか、話がある」
「ああ」
朱雀はくるりと流和に背を向けて、吏紀を伴って行ってしまった。

後に残された流和は、悔しさに唇を噛みしめた。

「空、私は本当に負け犬だわ」
親友のことも守れず、負け犬と言われて言い返すことも出来ない。流和はその場にしゃがみ込んで泣きだした。

「だから、何だ」
と、空は言った。
「負け犬は負け犬らしく、自分の道を突き進め。そうするって、お前が決めたんだろ」

こういうとき、空は流和を、素直に励ましてくれたりはしない。
黙って、流和の傍にいるだけだ。
流和は涙をぬぐった。それ以上は何も言わなかった。


空が、倒れている優に手をかざした。
「驚いたね。あれだけ焼かれて、髪の毛一本焦げてないって、どういうことなんだ」

空の手の動きに合わせて、温かな風が優の身体に降り注いだ。
風の魔法使いである空は、治癒魔法が得意だ。

「う……」
やがて優が意識を取り戻して、眩しそうに瞬きした。靄が晴れて、本格的に日が昇って来た。
薔薇園が朝日に輝いている。

「私に触らないで!」
完全に目を覚ました優が、いきなり空の手を振り払った。怒っている。物凄い剣幕で、優は空を突き飛ばした。
空のことを朱雀だと勘違いしているのかもしれない。
「触ってねーよ! 触ろうともしてない」
空は後ろによろけて、両手を上げた。

優と空の目が合った。
空が驚きを隠さず、優の目を覗きこんだ。
「お前、目の色」
「嘘! ゴーグル……」
優は慌てて辺りを見回したが、黄色いスキーゴーグルはどこにも見当たらなかった。

「あのゴーグルなら、朱雀が壊したぜ」
「ひどい……」
「まさかお前が火の魔法使いだったとはね。しかも、本当にシュコロボビッツだ。すっげー……マジで、朱雀以外に初めて見る」
空は明らかな好奇の眼差しで優をジロジロ見た。

「優、平気?」
それまで黙っていた流和が、涙声で言った。
「流和……」
流和が視界に入った途端、優も涙声になった。

優と流和は、そのままシクシク泣きだし、互いに抱き合った。





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