月夜にまたたく魔法の意思 第3話12
「あれはやっぱり、ただの下っ端だったな。この程度で済んで良かった」
吏紀がホッと一息つきながら、アメジストの杖を回転させて宙にしまった。
「なーにが、この程度で済んで良かったよ。ひどい被害じゃないの、どうしてくれるの」
優は悲嘆にくれて、床に散らばった本の残骸を慎重に拾い上げ始めた。
「これ全部修復するのに、まるまる1カ月はかかるわね。こんなことなら、ダイナモンの生徒も図書室立ち入り禁止にしたほうがいいかもね」
「まあ、そうカッカするなよ。悪いのはあのミミズ少年さ」
と、朱雀が言った。
「そういうあなたはゲイルの予言書を見つけられるわけ? 探してるって言ってたけど、見つけられないならさっきの子と同じで、本の貸し出しは出来ないからね」
優に言われて、朱雀は予言書の棚の前に立った。
「本当にこの中にあるのか?」
「ある」
朱雀はしばらく本棚を見回してから、首を横に振った。
「ダメだな、タイトルの読めない本がいくつかある。それに、タイトルのない本もあるだろ」
「いいえ、ここにある本は全部きれいにタイトル順に並んでる。それが分からないっていうなら、資格なしだね」
「ちくしょう、見ようとすればするほど分からなくなる、何でだ。吏紀、お前はどうだ?」
朱雀に言われて、吏紀も気のりしなさそうに本棚を見回した。
「見えない」
しばらくして、吏紀も朱雀と同じように首を横に振った。
「残念でした」
優は顔も上げず、床に屈みこんで本を拾い上げている。
「空や美空たちにも見せてみよう」
「だな。俺たちに見えないってことは、アイツらも望み薄かもしれないが、それでも念のため見せてみるしかない」
「もし、誰もゲイルの予言書を見つけられなかったら、私たちがダイナモンに行くっていう話はチャラになる?」
「なるわけないだろ、バカ。俺たちに見つけられなくても、お前はゲイルの予言書を手に入れることができるんだ。そのときはお前がゲイルの予言書を取るんだ」
「それはイヤだよ」
優が口を引き結んで頑なに拒んだ。
「我がまま言うな。お前は、何でもイヤと言えば済むと思ってるようだが、そうはいかないからな」
朱雀が威嚇するように、床に屈みこんだ優を見下ろした。
「イヤなものはイヤ、あっち行ってよね。今日はもう閉館にするんだから、出てって」
「お前は……」
朱雀の額に青筋が立った。吏紀がすかさず、朱雀と優の間に割って入る。
「考えてみろ優。ゲイルの予言書がここにある限り、闇の魔法使いは何度でもここに来るだろう。さっきのはただの下っ端だったからこの程度で済んだが、次はどんな強敵が来るか分からない。図書室や、ここにある本を守るためにも、ゲイルの予言書をもっと安全なダイナモン魔法学校に移した方がいいとは思わないかい」
吏紀に言われて、優が手を止めた。
棚や床にできた、黒いミミズの染みは数え切れないほどだ。引き裂かれてバラバラになった本が、無惨に散らばっている。
これがまだ序の口だとしたら、次はどれだけの被害が出るだろうか……。これ以上の被害を出さないために、ゲイルの予言書をひとまず別の場所に移すのは、いい考えかもしれなかった。
「ダイナモン魔法学校は、そんなに安全な場所なの?」
優が顔を上げたので、朱雀と吏紀は顔を見あわせて頷いた。
「ああ」
「もちろんだ。ダイナモン魔法学校は、学校全体がオロオロ山の強い魔力で守られていて、さらに城壁はこの図書館と同じ、アトスの石で造られているから、邪悪な魔法使いは城の門をくぐることができない」
「それだけじゃないぞ、ダイナモン魔法学校の校長、猿飛業先生は魔法界で最も優れた偉大な魔法使いだ。猿飛校長なら、ゲイルの予言書を完全に守れるはずだ。誰一人、校長室の不死鳥の門を無断で通り抜けることはできないんだ」
「ふーん」
「納得しただろ。わかったら、ゲイルの予言書を素直に俺たちに渡すんだ」
「まだ考え中だよ」
優が朱雀からプイと顔をそむけた。
「まあ、焦ることはないさ朱雀。ダイナモンへ出発するのは今夜だ。それまではこの図書館にゲイルの予言書を置いておこう。おそらく、敵もゲイルの予言書を自力では見つけられない」
「それもそうだな。お前、夜までどうするつもりだ?」
朱雀が優に訊ねた。
「ここにある本を修復しなくちゃ」
「それはいいけど、怖気づいて逃げ出すなよ。 荷造りはもうできてるのか?」
「してないわよそんなもの」
「魔法の杖とブック、それにローブやドレスも必要だ。ちゃんと荷造りしろよ」
朱雀が口うるさく言うので、優は梅干しを食べたような酸っぱい顔になる。
「お前、人がせっかく親切に忠告してやってるのに、よくもそんな可愛くない顔ができるな」
朱雀がしゃがみこんで、優の顔を覗きこんできた。
優はひきつった笑みで朱雀を見返す。
「女の子は可愛いとキレイを使い分けるのよ」
唐突な優の言葉に、朱雀も顔をひきつらせながら応答する。
「だがしかし、そのどちらにも見えないのはどういう訳だ。もしかして俺の目が節穴なのか」
「ジロジロ見ないで」
「そっちこそジロジロ見るな」
シュコロボビッツの紅い瞳がぶつかり合い、早くも本物の火花が散りそうだ。
吏紀が大きく咳払いしてから口を挟まなければ、優と朱雀の二人はまた喧嘩を始めていたかもしれない。
「できれば出発まで、優は一人にならない方がいい。ゲイルの予言書の在りかを知っているから、優は敵に狙われる可能性があるからな。朱雀、ダイナモンに着くまで、お前が優の護衛にあたってくれ」
「お断りよ!」
朱雀が答える前に、優がピシャリとそう言って、スタスタと図書室の出口に向かって歩き出した。
「俺だって、あいつの護衛なんかごめんだ」
朱雀が立ち去る優の背中を見つめて、舌打ちした。
吏紀が呆れて溜め息をつく。
「お前たち、いい加減にしろよ、これは遊びじゃないんだ。互いに気にいらないのは分かるが、私情は挟むな、分かったな。……らしくないぞ、朱雀」
優はともかく、朱雀までもが任務中に我を忘れていることに、吏紀はまたしても戸惑いを覚えた。
第3話 END (4話に続く)