月夜にまたたく魔法の意思 第2話8





聖ベラドンナ女学園に、放課後を知らせる鐘が高らかに鳴り響いた。
直後、朱雀は確かに炎の熱気を感じた。

本校舎の屋上から地上を見下ろしていた朱雀の目が、深紅に輝いた。

――サードニクス、ガーネット、トパーズ、トルコ石、メノウ、ヒスイ、珊瑚、アクアマリン
眼下に行きかう多くの宝石の輝きが見える。だが、朱雀が求めている光はその中にはない。

「どこだ」

朱雀は意識を集中し、確かに感じられる炎の場所を突き止めようとした。
高まって行く朱雀の魔力に呼応して屋上に温かい風が巻き上がった。
突如、朱雀はフェンスを蹴って屋上から飛び出した。炎が朱雀の体を包み、光の速さで図書室の方に飛んで行った。
本校舎から離れたドーム状の建物は、朱雀たちが昨日の夜に賢者の鏡を通ってやって来た、図書館だ。

上空から見ると、ドーム状の白い建物が薔薇の庭に囲まれていることが分かった。
色とりどり、様々な種類の薔薇が植えられているようだ。その中に、空が立っているのを見つけ、朱雀は勢いよく地面に着地した。


「火の力を感じた」
着地してすぐに、朱雀が口を開いた。空が待ってましたとばかり頷く。
「ああ、俺にも感じられたくらいだ。一体どうなってるんだ、この学校に火の魔法使いはいないはずだろう」
朱雀と空が一瞬、顔を見合わせた。
すると、次の瞬間、吏紀が上空から降りて来た。

「見つけたか」
吏紀は着地と同時に二人に聞いた。
「いや、分からなくなった」
朱雀は怪訝そうに辺りを見回しながら、足早に歩き始めた。図書室の入り口の方に。

「なんだろう、消えたな・・・・・・さっきはあんなにハッキリ分かったのに」

朱雀、吏紀、空の3人が図書室の鉄扉の前まで来ると、扉には南京錠がかけられていた。
3人は扉の南京錠を見下ろし、眉をひそめた。

「昨日は掛ってなかったな」
「壊して入るか」
「いや、いい。外からカギが掛けられてるってことは、中には誰もいないということだ。どのみち、ゲイルの予言書は図書室が開館のときに堂々といただきに行こうと思ってた」
「余裕かましやがって。もし、ゲイルの予言書がすぐに見つからなかったらどうすんだよ」
と、空が呟いた。

だが、朱雀は落ちつき払った様子で、南京錠の掛けられている鉄扉を指でなぞった。

「ソロモンの知恵の薔薇と言われるフェニキアバラが彫刻されているだろ。この図書館全体が、ゲイルの知恵の魔法で守られてるのさ。無理に入れば、おそらく目的の物は手に入らない」

扉に刻まれたフェニキアバラは、儚げに、だが、確かな存在感を持って咲き乱れていた。
その花の白さが、機を得ずして強引に侵入しようとする者を試し、威嚇しているようでもあった。

「なるほど。それは、簡単にはいかなさそうだ」


空と吏紀が同時に頷き、鉄扉から離れた。
「この学校、何か引っかかるな」

東京都内の真ん中にある、政府公認の魔法学校には、デキソコナイの魔法使いしかいないはずだ。
いや、いないはずだった。なのに、朱雀と吏紀と空は、ここで火の魔法使いの力を感じたのだ。
しかも、初代ゲイルは魔法界から隔絶されたこの場所に重要な予言書を隠し、守りの魔法を張りめぐらせている。
一体、なぜ?

いつの時代も、賢者の考えることは分からない。朱雀は物思いに沈みながら、白いドーム状の建物を見上げた。
どこかで見たことがあるような建物だ、と思った。

吏紀が薔薇園を歩きながら、空に訊ねた。
「流和には会えたのか」
「キスしたよ」
空が、テーブルのクッキーを一つ取って、口に入れた。嬉しそうだ。

「死の接吻か」
朱雀が真面目な顔で言った。

「それとも愛の接吻か」
「仲直りのキスだよ」
「めでたい奴。つまらない」
「で、流和は何か言ってたか、火の魔法使いのことを」
吏紀が肝心なところに話しを戻した。
「何も言ってなかった。けど、そういえば・・・・・・」
「なんだ」
「火の魔法使いが見つかってないって話しをしたら、あいつ俺から目をそらしたんだ。気のせいかもしれないけど。
で、いきなり、朱雀はどこにいるんだとか言いだしやがって、ムカついたよ」
空は、言いながらもう一つ、クッキーを口に運んだ。

「流和は俺のことを嫌ってる、会いたがるはずないさ」
「へえ、気づいてたんだな、朱雀。俺はてっきりお前は、流和に好かれてるって勘違いしてると思ってたんだ」
「黙れ、吏紀・・・・・・。それはともかく、流和が俺に会いたがったからって、妬くなよ空」
「妬いてないさ」
「独占欲が強くて器が小さい男は、嫌われるぞ」
「うっせーよ朱雀、それ、むしろお前のことだろうが」
空が舌うちした。
「いや、違う。俺は独占欲は強いが器はでかい」
朱雀が鼻で笑った。

「さて、火の魔法使いを探して学内を一回りしてくるよ。それじゃ、後でな」
朱雀と空の言い合いに付き合いきれない、という呆れた表情を見せながら、吏紀はスタスタと薔薇園を出て行った。

「そうだ、俺もこれから流和と約束があるんだ」
「約束? 学内で不純異性交遊はダメだよ空、まだ日も沈んでいないのに」
朱雀がわざとらしく笑って言った。
「ダイナモンの風紀を率先して乱しているお前に言われたくないんだよ、じゃあな」

空が立ち去って行くのを、朱雀はつまらなさそうに見送った。
そして、朱雀はまたドーム状の白い建物を見上げた。
図書館は閉館。放課後になったら開くだろうか。ここで少し、待ってみるか。

朱雀は近くにあったテーブルの椅子に腰かけた。その途端、またほんのわずかに火の香りを感じて、朱雀はまた眉をひそめた。
いるのか、本当に?
でもそうだとしたら、何故、ほんのかすかにしか感じられないのだろう。
都会育ちで魔力が弱っているから? いや、そもそも火の力は、魔力の弱い者には発現しない。
もともと強い力があってこそ、火の輝きを持つ魔法使いになれるのだ。だからこそ、火の魔法使いは希少で、一度目覚めると、他を圧倒する存在感を誇るはずなのだが。

まるで、思い人を待ち焦がれるかのように、朱雀はいつまでも薔薇園のテーブルに座って待ち続けた。






次のページ