スラムダンク1話12





残り時間5分を切って、百合のスリーポイントシュートがまた決まり始めた。
唯がうまく、ディフェンスをかきまわしている。

得点は59対67

「速攻、走れ!」

休む間もなく、宮城が速攻を仕掛けてきた。
桜木から赤木、赤木から三井、三井から流川に速いパスが回り、センターラインを越えた流川がゴール下に突進してきた。

その速さについて戻れたのは、唯と恭の二人。


この速さ、一人で止めれないなら、2人で止めればいいんだ!
唯が走りながら囁いた。
「一瞬でもいい、恭、11番の足を止めて。私が取りに行く」
「まかせろ」

恭は腰を落とし、流川の足に合わせて自分もゴール下に走りながら、体でその進路を塞いだ。
逆サイドに切り替えようとした流川に、反対側から唯が迫った。

次の瞬間、わずかにスピードの落ちた流川から、唯が一瞬にしてボールをかすめ奪った。

パシッ!

ボールを弾く音とともに、唯は逆ゴール目指して走り始めた。

「唯!」

センターラインのすぐ向こうで、百合が手を上げていた。
「百合さん!」
唯が百合にパスを回す。そのボールを、百合はドリブルでゴール下まで運んだ。

「打たせるか!」
宮城と三井が2人がかりで百合につく。

「宮さん!」

百合が呼ぶと、宮内がすぐにボールを取りに来た。パスが宮内に回る。
宮内はパスを受けると、チラリと神崎を見た。神崎が頷く。

宮内は大きなモーションでジグザグ走行しながらゴール下に切り込んだ。
シュートか!?

赤木と桜木が宮内に合わせ、ゴール下でブロックに跳んだ。だが、おかしい!
宮内は確かに2人の前でシュートを打った。なのに、ボールがその手にはない。いつの間に!?

「ボールが、消えた・・・!”」

赤木と桜木は何もできずにコートに着地した。次の瞬間、フリースローラインの外側から神崎が舞いあがった。
宙を歩くように高くジャンプした神崎の差しのばされた右手に、ボールが握られている。

赤木と桜木がそれに気付いたときには、ブロックはもう追いつかなかった。
ボールはリングよりも高い打点から神崎の手を離れて綺麗な放物線を描き、音もなくリングをくぐり抜けた。


カチッ
61対67

「なんだ、今のは。半端じゃねえぞ、ゴリ。なんだ今のは」
桜木が驚いて赤木を見上げた。

「スカイフック・・・。今のはフックシュートのひとつで、ボールを片手で放つシュート。その中でも、リングよりも高い打点から放つフックシュートをスカイフックというんだ。あんな宙を歩くようなスカイフックは、俺も初めて見たがな」

「それって、すごいのか?」

「当たり前だ。そう簡単にできることじゃない・・・」

「っていうか、その前の消える魔球もすごかったな、ゴリ。」
「パスが上手かったんだ。そして、あの完璧なシュートフォームを織り交ぜたフェイク。まるでボールが消えたように見えた。」

女子バスケット部3年の神崎と、宮内。
その実力は本物だ。赤木の血がジワジワと騒いだ。


「神崎先輩ナーイスッ!」
「宮内先輩も、さすがっすね」

唯と恭の2人が、神崎と宮内に駆け寄った。

「あんたたちが力を合わせて11番から奪い取ったボールだもの。ここはあたしたちがカッコよく決めないわけにいかないでしょ。」
宮内が笑った。
「宮のフェイクから、あたしがフックを狙うのは、あたしたちの十八番だしね」
そう言って、神崎が宮内の手をパチンと叩いた。

「いいなー。さっきのなら私にもできるかもしれない。今度真似しちゃおーっと」
と、唯が言うと、
「ダーメ、あたしが先に真似する」
と、恭も言った。
「なに言ってんのー、あんたたちには100年早い!」

「「ええー!!」」



・・・んにゃろう。
流川が不機嫌に見つめていた。

同じく、神崎と宮内のプレイに、赤木にも本気で火がついた。



ダーン!

「おおおお!出た、ゴリラダーンク!!」

「すごい、赤木が本気だ。」

それからの点とり合戦はすさまじかった。
赤木がとれば、神崎が取り返し、流川が取れば、恭が取り返す。
そして、百合が2回、スリーポイントシュートを決めた。三井も百合に対抗して、確実にスリーポイントで返してきた。

後半戦残り、2分。
70対74
点差は4点。

正直、ここまで追い上げられると思っていなかった男子は、明らかに焦っていた。
あと2分。守りきれるか。
男子も女子も、すでに全員、息が上がっていた。Tシャツが、じっとり汗で湿って重たい。

リバウンドは相変わらず赤木と桜木の2人が制している。
もう何度目かの、とれるはずもないリバウンドに跳びながら、宮内はある決意を固めた。ここはお色気作戦でいこう。
ダメもとで、やってみるしかない・・・。

リバウンドボールを取った赤木がコートに着地したところで、宮内が赤木の耳元で何やら囁いた。
次の瞬間、赤木の顔が真っ赤になった。
「ん?」
「なんだ?」
宮城と、そばにいた桜木だけが、赤木の異変に気がついた。


パシーン!

一瞬の隙をついて、宮内は赤木のボールを弾きとった。

「恭、走れーーーーー!!!!」
「何やってんだゴリ!」

宮内からパスを受け、恭がオフェンスゴール目指して走り出した。
赤木の身に何が起こったのか分からぬまま、桜木がボールを追いかけて恭に迫った。

おのれ、宮内・・・汚い手を使いおって!!
赤木がフルフルと震えた。「リバウンドのとき、神崎の胸触っただろ、エッチ・・・」
ぬおおおおお、俺はゲーム中にそんなことを考えたことは1度もなーい!!


速い展開だった。
唯は必死で、恭のすぐ後ろを追いかけて上がった。
恭は桜木と三井を抜いてセンターラインを越えた。だが、そのとき流川が恭に追いついた。恭の足が止まった。
こいつを抜けるのか。恭の中で、そんな迷いが浮かんだ。でも、私が行かなくちゃ、


「恭、うしろにいるよ」

そのとき聞こえてきた唯の声に、恭はハッと我に返った。そうだ、1人じゃないんだ。
唯の声と、バッシュがキュッキュッと床に擦れる音。
恭はその音をたよりに、ノ―ルックで唯にパスした。そして、自分は流川の進路を塞ぐ。

「いけ!唯」

唯は少しも速度をゆるめずに、恭の放ったボールを受け取り、ゴール下に走りこんだ。
スリーポイントラインを割ったところで、桜木と宮城が両サイドから唯に迫って来た。
唯は膝を曲げ、全力で踏み切った。ラスト2分をきっている。どうしてもここで、点が欲しい!

「なにぃ!?」
「コイツ、なんて踏み切りしやがる!!」

桜木と宮城が、ファウル覚悟で同時に唯の前に手を出したが、唯はそれよりも早く、高く舞い上がっていた。
だが、唯がディフェンスを振り切ったと思ったのも束の間、空中でシュート体勢に入り、ボールをショットしようとした瞬間、
唯の目の前に、ゴールをブロックする流川が跳びかかった。

空中で、唯と流川の視線が合った。

「やっぱり、高いな・・・」
唯が思わず呟いた声が、流川にも聞こえた。

唯はとっさに、ショットしようとしたボールを左手に持ち替えると、流川の脇下を通してアンダーハンドでボールを投げた。
その瞬間、流川と唯の体が空中でぶつかり合い、唯がバランスを崩した。


コイツ・・・!
流川はその時、どうして自分がそうしたのか、分からなかった。
傾いた姿勢で落ちていく唯の体を、流川は気がついたら自分の体で支えていた。
そのせいで、流川もバランスを崩し、2人は真っ逆さまにコートに転落していった。


仰向けにコートに体を打ちつけられた流川は、ボールがリングの周りを回っているのをかろうじて見上げた。
体に、唯の重みを感じる。
やがてボールは、力なくリングの中に落ちていった。

ボールはそのまま床に落ち、バウンドして、コートの外に転がって行った。

「大丈夫か!2人とも」
「唯!」


キュッキュッという、いくつもの足音が駆け寄って来る。

流川の上にうつ伏せに落ちた唯は、かなりの衝撃を受けたものの、衝撃の瞬間、体のどこにも痛みを感じなかったことを不思議に思った。

「うっ・・・」
唯が顔を上げると、目の前に11番のゼッケンと、黒いTシャツの肩が見えた。
「え、」
まさか私、11番を下敷きにして落ちた!?
唯と流川の目が合った。

「ごめん!下敷きにしちゃって!!」
唯が慌てて起きあがった。どうりで、唯自身には、どこにも怪我はないわけだ。

流川は無言で起き上がると、何事もなかったように服の埃をはらった。

「ごめん。怪我しなかった!? えーっと、  名前、なんて言ったっけ・・・」

唯のその言葉に、流川の動きがピタリと止まった。
「・・・・。」

流川がゆっくりと唯に歩み寄る。そして、威圧するように見下ろした。
「 流川。 」
と、その抑揚のない声が言った。

唯が恐る恐る見上げると、流川は念を押すように、もう一度言った。

「 流川 楓。 何度も言わせんな。」

「あ、・・・ごめん。 流川、今の危なかったね。上に落ちちゃってごめん。怪我しなかった?」

唯が謝った。
だが、流川は唯を無視して逆に質問を返してきた。

「お前は」
「私は平気だよ。あんたの上に落ちたから」
「そうじゃない、んなのは分かってる。」
「え?」
「だから、お前の名前。」

無愛想な言い方だ、と、唯は思った。
ああそっか、名前を聞きたいのね。

「 桜野。 」

と、唯は意図的に苗字だけを名乗った。下の名前を名乗る必要はないと思った。

流川はそのまま数秒、唯を見下ろした。
なんか恐いな流川。上にのしかかっちゃったから、怒ってるのか・・・?
流川はそのまま何も言わずに、唯に背を向けて、行ってしまった。
そして、聞こえないくらい小さな声で、ボソリと一言呟いた。
「ヘビー級のチビが」
と。

「なッ!?ちょっと、今の聞こえたよ?!」


いきなりの失礼なコメント。
それってつまり、上にのしかかられて重たかったって言いたいのか?でも重たく感じたとすれば、それは落下の法則のせいであって、・・・。
何てイヤな奴だ流川!

三井がクスっと笑った。
「チビはチビでも、ヘビー級・・・、プッ」
「笑わないで!」

「おい流川、大丈夫かー?さっきのは危ない落ち方だったぜ。まあ、お前のブロックもちと、強引すぎだったけどな。ファウルしてでも止める気だったってのは、分かるぜ」
「お前、とっさにあのチビをかばっただろ。意外といいとこあんじゃん」
「・・・うっせー」
「おまッ! 先輩に向かってうっせーとは何だ!この、流川この!」
三井と宮城の首絞め攻撃に合い、流川はふてくされた顔をした。

別に、かばったんじゃない。と、流川は心の中で思った。




「っていうかさっきのシュート、・・・入った!?」

唯が思い出したように得点板を振り返ると、恭が親指をたててニカッと笑った。
「御見事なスクープシュートだったよ。流川のブロックをかわすために、とっさにアンダーに切り替えるなんて、やるじゃん、唯」
「かなり無理な体勢からのショットだったから・・・実は自信なかったんだけどね。良かったー、あれ入ったんだ!奇跡だなこれ!」
唯は、ホッと胸をなでおろした。


ラスト1分を切っている。これで、勝ちへの望みが少しつながった。






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